『恋の呪文』-20-(『楽園』シリーズ) 

2010, 05. 11 (Tue) 20:17

気がつけば、『恋の呪文』も20回目となりました。
いつも長さが一定していなくてごめんなさい。
こうしてみると、新聞の小説欄を担当する作家さんってすごいな。
きちんと埋まっているわ…。
そんなことを20回目にして思う私はどうなんでしょうねえ。

さて。
今日はリアルの方で魂を吸いつくされて屍です。
肉体的には辛いわけではないのだけど、精神的にあとから来るので、ぐったり。

ではでは、つづきをどうぞ。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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 『恋の呪文-20-』


「おっはよー」
 朗らかな声とともに厚さ9センチのバインダが頭上に降ってくる。
 がっこん、という音がして、池山は額を机に思いっきり打ち付けた。
「いってー。・・・朝っぱらから、なにすんだよ、てめー」
 赤くなった額を押さえてきっと振り向くと、ローズピンクのグロスをきらきらと光らせた唇で保坂がにっこりと可愛く首を傾ける。
「ごめんねぇ~。力の加減がずぇんっずぇっん、わかんなくってさぁ」
 細い手を組み合わせて哀願するその姿は、もしかして人によっては背中に純白の羽と頭上に後光が差して見えるかもしれない。
「嘘をつけ、嘘を。このアクマ・・・」
 喉の奥で唸る池山の腕を取り、自分のそれを絡めた。
「お詫びにお茶を奢るから、機嫌を直して。・・・ね?」
 にっこり。
 色素の薄い大きな瞳は『説教部屋へ来い』と恫喝していた。
 そんな天下無敵の『天使のほほ笑み悪魔のたくらみ光線』をしたたかに受けて、池山はよろよろと立ち上がる。
「早めに返してくださいね~。うちではまだまだ使いますから~」
 手をひらひらと振る池山直属の事務の女性の言葉に、
「うん。二、三発、しばいたら、もれなく返却するから」
と、切りかえして保坂は池山を営業課から引きずりだす。
「・・・生きて帰ってこれるかなぁ、池山さん・・・」
 池山を男として好ましく思ってはいるが、それ以上に保坂を女性として尊敬しているミッション系の短大出たての新米娘は、天を仰ぎ見て十字を切った。



 すれ違う人と優雅に挨拶を交わしながら、保坂はずんずんと廊下をまるでイノシシのように突き進んでいく。
「おい・・・俺をいったいどこに連れていく気だよ」
 心細げな池山の声に、保坂は華奢な肩をすくめた。
「二人っきりになれる所に決まっているじゃない」
「お前と二人っきり・・・」
 その言葉を聞いただけで、心の中を極北の風が駆け抜けていく。
「俺、なんかしたっけ・・・?」
「それは、聞いてのお楽しみ」
 のろのろと歩く男をエレベーターに押し込んだ。
 エレベーターが静かに昇る間、うつうつとした表情で天井を見上げる幼なじみの姿に保坂はため息をつく。
「・・・今回は吊し上げにきたわけじゃないから、安心しなさいよ」
「ほんとっ?」
 ぱあっとあからさまに喜んで目を見開く池山にこめかみを押さえた。
「・・・本当にしばいて、いいかしら」
 これじゃあ、自分がいじめっ子みたいでないか。
「失礼しちゃうわ」
 腹立たしさを通り越して、ちょっぴり悲しくなる保坂であった。



 チン、とベルが鳴ってエレベーターの戸が開く。
「・・・食堂?」
「密談には最適なのよ」
 保坂が入口の戸を押し開けると、朝の光が視野一杯に広がった。
 保坂は迷わず自動販売機の前へ行き、コインを入れる。
「冷たいコーヒーでいい?」
「あ、うん・・・」
 昼食と夜食を取るためにはよく脚を運ぶ場所だが、朝に来たのは初めてだった。
 清潔で広いフロアーにはたくさんのテーブルと椅子が整然と並んでいるだけで、辺りには誰もいない。
 遠くから厨房で働く人たちの話声と作業の音がぼんやり聞こえてくるだけである。
「ひらけているから視界がきいて、大声で話さないかぎり、逆に人に話を聞かれる心配がないのよ」
 保坂は勝手知ったるなんとやらで、両手に紙コップを持ったまますいすいとテーブルの間をすりぬけ、窓辺の日当たりの良い席へ池山を導いて座らせる。
「社内に密室は色々あるの。朝の食堂、昼休みの応接室、夜の資料室、カタログ室ってね」 まあ、時と場合によってはもっとあちこちにあるけどね、と、窓からの光を背にいっぱい浴びて笑った。
「カタログ室・・・?」
「あそこね、実は内鍵が掛かるんだな」
 内緒だからね、と人差し指を唇に当てて、保坂は片目を瞑ってみせる。
「ところで、仙台の仕事、上手くいったんだ?」
 お互いコーヒーを一口含んで息をついたところで保坂は尋ねた。
「おう。ばっちりよ」
 池山はにっと自慢げに笑って、煙草に火をつける。
「憑物がこそげ落ちたカオしちゃって、まあ・・・」
 池山の顔をテーブル越しにじっと検分するように見つめて呟いた。
「・・・なんだ?そりゃあ」
「んじゃね、これ、なーんだ?」
 にっこり笑ってクリアファイルから一枚の紙を取り出す。
 それは、新聞の切り抜きをご丁寧にもカラーコピーした代物だった。
「・・・なんだ、こりぁっ!」
 池山は記事の中央にある大判の写真を見た途端、目を見開いて叫んだ。
「A新聞の夕刊で、最近、『夜の色』って特集で関東の夜の有名スポットをとりあげているんだけど、月曜の夜は横浜のランカスターホテルのバーだったってわけ」
 あそこはむ確かに雰囲気はいいもんねぇ、と保坂が髪をかきあげて呟くが、池山は聞いちゃいない。
「いつのまに撮ったんだ?・・・これ」
 記事を握ったまま茫然と呟く。
 写真には、バーのカウンターで親しげに身を寄せあう男女が、暖色のライトの色もやわらかに、まるで映画のワンシーンのように品良く映し出されていた。
 もちろん、その男女とは、池山と長谷川なのだが。
「ねえ、この後、本当にキスしたの?」
 のほほんとした保坂の言葉に、がん、と池山は自ら額をテーブルに打ち付ける。
 写真の中の長谷川は頬杖をついてやや顎を突き出した形で池山に顔を寄せ、池山はその顔を覗き込むように首を傾げている。
 密談、というより、今からキスをするぞ、とも取れる構図である。
「やられた・・・」
 池山は話に夢中であったが、長谷川は多分写真を撮られたことを知っていたのだ。
 その証拠に池山の表情はくっきりはっきり映っているというのに、彼女の方はすっきりとした鼻梁が現われているだけで、髪と手で顔はほとんど隠れ、よほどの知り合いでない限り誰であるか気付く人はいまい。
「生ちゃんのこのドレス、ビアンカよねぇ。やっぱイタリアの最高ブランドなだけのことはあるわ」
 保坂はうっとりと写真を覗き込む。
「・・・これ、お前がコピーしたのか?」
「ううん。昨日ね製本資料の発注をコピーサービスの子に頼みに言ったの。そしたらどうぞって。もともとの発信源は彼女たちで、それをスキャンして号外とか言って回したみたい」
「・・・ってことは」
「転送に転送が重なってビル内の人はだいたい、この写真、見たんじゃないかなぁ。誰かが社内メールに添付したから、チェーンメールみたいになってるわ。地方の営業所にも行っているんじゃない?和基は有名人だし」
「なんてこったい・・・、不幸の手紙かよ」
 池山は両手で頭を抱えた。
 社内LANをそんなことに無駄遣いして、どうして誰もとがめだてしないのだ。
「ふーん。やっぱり、知らなかったんだ」
 小首を傾げて保坂が問うと、
「俺、夕刊取ってないし、仙台行ってる間、こっちとはぜんっぜん連絡取ってなかったんだよ・・・」
 と、力なく答える。
「でもって、あんた達、そのまま一緒にホテルに泊まったんだって?」
「げ・・・」
 池山ががたん、と音をたてて立ち上がり、後ずさった。
「なっ、なななんだなんだ?」
「馬鹿者。語るに落ちるってやつよね」
 保坂は眉をひそめて腕を組む。
 ・・・本当に、この馬鹿が敏腕営業マンだというなら、世も末だ。
 どこかの誰かと同じようなことを心の中で呟いた。
「あのホテルのロビーのラウンジは待ち合わせに便利だから、結構女の子たちはよく使ってるのよ。だから、あんた達が翌朝ホテルをチェックアウトしているのを見た人がいるのも当然よね」
「だってさ~。あいつが、とびっきり美味しいアイリッシュウイスキーを手に入れたっていうんだぜ?」
 池山は椅子の背を抱え込んで座ると、眉をハの字に曲げて訴える。
「それで、のこのこ部屋までついてったわけね。・・・ダブルだったの?」
「いいや。ツイン。だけど、あれ、スイート並みの間取りだったぜ。なんでも、理事長からご褒美で宿泊券を貰ったとか言ってたけど、さすが金持ち学校は待遇が違うよなぁ」
「・・・なんで、そこで二人きりで飲んじゃうわけ?横浜なんだから、私を呼んでくれてもいいじゃない」
「だって、ウワバミの有希子とザルの長谷川に飲ませたら、俺の取り分、なくなっちまうじゃんか」
 保坂は素早くファイルを振り上げ、男の頭を殴った。
「でっ、食っちゃったの?それとも吐くまで飲んで友情を深めあっただけ?」
 ぎっと斜め下から顎を突きだして睨みつけると、池山はうつむいてネクタイを弄びながら呟いた。
「・・・わかんない・・・」
「あんたね・・・」
「いやー。朝起きた時、すっきり気分爽快だったんだけど、果たしてそれが、心だけが満たされていたからなのか、身体も満たされていたからなのかいまいち・・・」
 どっちだと思う?と小首を傾げる幼なじみに保坂は右のこめかみを押さえる。
「・・・女の私に、解るわきゃないでしょうが・・・」
 解りたくもない、というのが本音だろう。
「・・・前から聞きたかったんだけど、もし、立石くんと友達にならなかったら、生(いく)とはまだ続いていたと思う?」
 保坂の質問に池山はしばらく腕を組んで宙を睨み、うーんと唸ってからおもむろに口を開いた。
「・・・そうだなー。俺達、カラダのベストパートナーだったもんなぁ」
「他に言い方ないの・・・?」
 今度は左のこめかみの血管もぴくぴく波打ってきた。
「戦友って言うのかな。どっちが相手を攻め落とすかに、お互い、命かけてたよな」
「・・・あんたたち、寝技の競技大会やってんじゃないわよ」
「だって、俺達、いわゆる愛の言葉って交わしたことないんだよ、一度も」
「え・・・?」

 浮ついた言葉をけっして口にするなよ。
 言えば全てが嘘になって消えてしまうから。
 初めて夜を共にしたときに彼女にそういわれて、なるほどと思った。
 その時の自分は。

「本当に、俺達はそれだけの関係で十分だったんだよ。だから、俺が立石と一緒に仕事をしている事も、長谷川がシングルマザーだって事もお互い知らなかった」
 あの頃は、訳もなく、ただ、むしょうに人肌が恋しくて、吸い寄せられるように体を重ね、限られた時間をひたすら互いの深みを貪ることに没頭していた気がする。
「それなのに、高校時代からあいつだけを見てた立石に、年に何回かみっちり抱き合えば十分の俺がかなうはずないだろう?」
 立石が彼女に思いを寄せ続けていると知った時点で、彼の心は決まっていた。
「だから、わざとケンカ売って別れたの?」
「・・・まあ、そんな所かな」
 別れは、あっさりしたものだった。
 いや、そう、思い込んでいただけかもしれない。
「それじゃあ、生が怒るはずだわ」
 保坂はため息をつきつき首を振る。
「本人の意思を無視して、男同志で譲渡してんじゃあね」
 長谷川でなくとも、美しすぎる男の友情に蹴りを入れたくなるものだ。
 なぜなら、そこに、彼女の意思は存在しないから。
「しかも、今回も夫でも何でもない男にわざわざ許しを得てのご面会じゃあねぇ。二人まとめて痛い目にあわせて上げましょうって気にもなるか・・・」
「は・・・?痛い目?」
「あのね。話が元に戻るけど。さっきの話は、実はまだ続きがあるのよ」
 気の毒げに声をひそめる保坂の言葉に、背筋を汗が幾筋かつつつーと伝う。
「だから、今回の件、目撃者がけっこういてね。他にも色々な噂があっという間に広まっちゃったのよ」
「・・・池山和基の新しい女だとでも?」
 女関係にだらしない自分のこと、そんな噂は今更ではないかと池山は首を捻る。
「うーん。最初はそれだけだったんだけどね。噂が広まるうちに『池山和基はモデルと付き合ってる』って話になって」
「まあ、あの身長とスタイルなら、誰でもそう思うだろうな」
 モデルという仕事はスーパーのチラシから始まって、世の中腐るほどあるのだから。
「大阪支社にいる子が、『あの女はミラノのショーモデルだ』と言い出したら、もう、大騒ぎになっちゃって・・・」
「会社も大きくなるとマニアなオンナっているんだなー。そんなの、知る人ぞ知るじゃないか」
 彼女は確かに、一応学生時代からモデルをやってはいるがその内容は限られており、現在はミラノコレクションオンリーでしかも一つのメゾンのみの友情出演みたいなものなので、日本ではほとんど知られていないはずだ。
「うん。でね。いつの間にか『スーパーモデルと熱い仲だ』って噂が変わった辺りで総務の野島が立ち上がってね、『あんな馬鹿でかい女が日本にいるわけない。あれはニューハーフだ』って言い切ったのよ」
「ニューハーフぅっ?」
 池山は腹を抱えてげらげら笑った。
「確かに、あいつ、そこらの男よりもずっと男前だし、色も今時の日本の流行に反して黒いからなぁ」
 本人がこの話を聞いたら、なんと言うか見物である。
「運命の悪戯というか、間が悪いというか、野島自身があんた達が颯爽とホテルを出て生のプジョーに乗り込むのをロビーでしっかりはっきり見たらしくて、それが、よっぽど悔しかったんでしょうね」
「なんで?」
「だって、あんたは知らなかったでしょうけど、野島は社内一の色男を袖にして玉の輿に乗るってふれて回ってたからねぇ。今更、自分は単なる摘み食いだったなんて、思いっきり泥を塗られたも同然でしょ?だから、良識のある人は単なるやっかみだと解るんだけど、こーんなに面白い噂、久々だから、今じゃあ、お掃除おばさんまで知ってるわ」
「そんなに景気がいいのか、うちの会社は・・・」
 たかがいちサラリーマンごときの付き合っている女のことで、こうも話題を引きずるとはあまりに平和すぎて泣けてくる。
「あんた生と別れてから、付き合う女のレベルが本当にどんどん下がってるわね。まるで坂を転げ落ちるように」
 わけ知り顔で保坂は首を振った。
「・・・その中にはお前の身内もいるんだぞ」
 不貞腐れながらも反論する。
「美代子?ああ、あの子、悪くないけど長く付き合うと疲れるんだよねぇ。・・・粘着質で」
「それを言うか、お前が・・・」
 池山の知るかぎり、二人は「有希ちゃん・美代ちゃん」の仲である。これが女というモノの恐さと言わずしてなんとする?
「それでもって、下がりまくった女のレベルに絶望して、ついには男に走ったと・・・」
 妙な節をつけて茶化す保坂の言葉は通り過ぎ、『お掃除おばさん』が頭の何かに引っ掛かった。
「ちょっとまて。・・・ってことはだなぁ」
 池山は保坂の言わんとする事にここになってやっと気付く。
「うん。立石くんの耳に入った。江口くんも。それも、かなり最悪な形で」
「げ・・・・っ」

「そう・・・あれは、昨日の三時ごろのことだったわ・・・」

 保坂は両手を組み合わせて顎を乗せ、思わせぶりに視線を宙にさまよわせた。
「設計部に軽い打ち合せに上がっていた立石くん達の所にね、経理のツボネがご光臨したもうたのよ」


 『恋の呪文-21-』へ続く。




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