『恋の呪文』-19-(『楽園』シリーズ) 

2010, 05. 10 (Mon) 18:21

なぜか一時間ほどログインできず、更新できませんでした。
まあ、その分、ゆっくりと修正が出来ましたが…。

昨日の夜から挿入しようと思ったシーンをどうやってつなげようか悪戦苦闘中。
まあ、もう少し先だから大丈夫ですが。

では、つづきをどうぞ。
今回はちょっと長めです。




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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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 『恋の呪文-19-』



 六月の、梅雨の始まりの頃。
 切れ目なく優しく降り続ける雨に、木々も草も土もゆっくり潤っていく。
 そして、暖かい空気に乗って、生きものの発するそこはかとなく甘い香りがあたりにゆるゆると漂っていた。
 雨粒を全身に受けながら長谷川は、同僚たちとひそかに可愛がっている猫を探して裏庭に出た。
 補習授業も完全に終わった土曜日の夕方である上に大粒の雨がしっかり降っていたので、うっそうと茂る雑木林などには誰もいないはずだった。
 ほどなくサツキの植込の下で小さくなって震えている猫を見つけて抱き上げた時、その先のずっと奥でのびのびと幹を伸ばす木々のうちで一際背の高いニセアカシアのどっしりと太い木の幹の下の人影に気付く。
 それは、茫然と立ち尽くす受持ちのクラスの三年生と、長谷川に背を向け、彼を木に押しつける形で抱き締めている下級生とおぼしき少年だった。
 長谷川に気付いて教え子がみじろぐと、逆に肩を押さえられ、唇をふさがれた。
 長いと思える口づけの後、下級生は何かをささやき、肩口に顔を埋め、背中に手を回して抱き締める。
 茫然とされるがままだった少年は、しばらく身を固く強ばらせてサツキの植込の向こうに佇む長谷川を、唇をきつく結んでじっと見つめていた。
 ふいに、長谷川の腕のなかの猫が空を見上げて一声、高く、強く鳴く。
 すると彼はゆるゆると息をはいて肩の力を抜いた。
 そして、僅かに自分より僅かに高い頭に頬を寄せ、腕を上げてしっかりと相手の背中を抱き返した。
 透明な色を宿した瞳は前を見据えたまま、ゆったりと微笑む。
 この上なく、幸せそうに。


「それで?」
「そのまま立ち去ったよ。あれ以上出歯亀しても詮ないことだからな」
 長谷川は差し出されたカクテルを手に取り、細長く剥いたレモンの皮が螺旋状に渦巻く透明な細長いグラスに目を落とす。
「・・・たぶん、あの時彼が見つめていたのは私でなく、彼を取り巻くしがらみや、未来そのものなのだろうと思う」
 降りやむことのない雨のカーテンのむこうから見つめ返す教師は学校を含む規則や社会であり、いずれは時を経てならねばならない大人の姿でもあった。
「あの瞳と、相手を一生懸命に抱き締めていた、白くて長い腕の頼りなさは、きっと、一生忘れられないだろう」
 ・・・・今だけ。
 今だけでいいから見逃してくれと瞳は訴えていた。
 いつかは消えてしまうはかない夢だと解っていても、目の前の男を抱き締めずにはいられない心が哀しい。
「優しくて、聡い子だよ・・・。気の毒なほどに」
 長谷川はマルボロをとり出し、やや薄めの唇にくわえて火を点けた。
 物心がついたときから偉大な父の跡を継いでさらに家を繁栄させろと鞭打たれ、存在する理由すら解らない伝統と、心根の見えない血縁者と、大きすぎる将来と、そして濁りきった現実に、疲れあえいでいる。
「もし、その腕の中にいることが今の彼にとって何よりの安らぎであるのなら、そこでひとときなりとも休めればいい」
 池山も煙草を取り出し、顔を寄せて火を分けてもらう。
「・・・ひととき、しか、時間はないんだな?」
 長谷川は息をそっと吐きだし、煙を視線で追う。
「残念ながら彼のバックグランドは大きすぎる。・・・さる家の後継ぎで、当主の一挙一動で日本経済のよしあしが決まるといっても過言でないらしい」
 煙はすうっと天井に向かって昇っていき、暖色のやわらかなライトの光に吸い込まれて消えた。
「仮に、家を捨てて逃げたとしよう。すると、彼の後釜を巡って内部抗争が始まるのは間違いない」
 そして、上層部のみで繰り広げられたはずの戦いの余波が、何も知らない末端にまで及ぶことは容易に想像がつく。
「・・・恐ろしいな」
 十七、八の少年がそんな大きなものを背負って、独りで生きるのは苦しかろうに。
 やりきれない思いに眉を寄せ、池山は自らの煙草に口をつけた。
「だが彼にとっての問題は、犠牲が出るとか、世間が許さないとか、自分に降り掛かる非難とかではないのだと思う」
「じゃあ、何が・・・」
 恐れるものがなにもないというならば、何故。
「一番恐いのは、自分のせいで大切な人が傷つくことだろう?」
 相手を大切に思えば思うほど、自分の背景に巻き込む訳にはいかないとブレーキがかかり、しまいにはなんの身動きもとれなくなっていく。
「・・・解るような気がする」
 池山はぽつりと呟いた。
 ・・・・世の中はね。あなたが思うほど単純じゃないの。
 千鶴の言葉が頭に浮かぶ。
「二人だけの問題だったら何もそんなに迷ったり悩んだりことはないだろうに」
 毎日キスして、抱き合って、
 できるだけの時を側にいるだけ。
 それだけを願うのがどうしてこんなに難しいのだろう。
 カウンターに肘をついて考え込んでいる池山の様子に、長谷川は短くなった煙草を灰皿に押しつけ、ふっと笑う。
「その分、池山は幸せだよ。継ぐ家に大小はないといっても、家族を捨てて男に走っても日本の経済までは揺るがないからなぁ」
「悪かったな。俺はまごうかたなき庶民で」
 池山は唇を尖らせる。
「いや。本当に運がいいと思うよ。お前たちは実際大手企業に勤めている分稼ぎはいいし、これが中小企業の事務職レズになってみろ。経済的理由でまずやっていけない」
「・・・慰めているのか?もしかして」
「現実問題で言っているんだよ。心優しい家族と健康な身体と経済力を持っていて、それでなおかつ、何の力が欲しいのか?」
「何もかも捨てて突っ走れるほどには、俺は若くないんだよ」
 池山のすねきった言葉に、長谷川は首をそらし声を上げて笑った。
「何も捨てないかもしれないだろう?」
 すいっと手をのばして池山の頬をぴたぴたと軽くたたく。
「大丈夫。お前の顔と頭さえあれば、たいがいのことは乗り切れるさ」
 冗談めかした言葉に池山はきっと彼女を睨みつける。
「その俺様を、顔と身体だけの男って言って振ったのは、どこのどいつだよ?」
「確かに言ったな。・・・いや、その時にお前が人のことを寝技だけのコブつき詐欺女と言ったじゃないか」
「・・・そういやそうだった・・・。あの時はごめんなさい」
「まあ、昔のことだろ。・・・時効さ」
 長谷川との交際は名前すら良く分からないまま偶発的に始まり、全てを知った時に終わった。それはあまりにも突然で、池山にしては珍しく言い争いになった。
 そして、その場に居合わせた立石に思いっきり一発殴られたことを思い出して頬をなでる。
あの頃は長谷川のことを自分なりに好きだったように思う。
好きだから、言ってはいけないことも口から出てしまった。
 なのに今は、こうしてラウンジで人生相談なんかしている。
 先のことなんて、本当にわからないものだ。
「・・・なあ、お前、自分の息子がホモになっても、同じ言葉を言えるか?」
 グラスの中の氷をゆるりと遊ばせながら尋ねる。
「おそらくな。確かに苦労して産んで、苦労して育ててはいるが、それは私の選んだ道であって、あいつの人生はあいつの物だから」
 長谷川はマニキュアで整えられた指先をシックに塗られた唇にあてて呟いた。
「・・・ただ、幸せになって欲しいとは、願っているよ。心から」
 モデルばりの完璧なメイクを施した顔に、ちらりと母親の表情が影を落とす。
「・・・そうか」
 池山はジンライムを口に含んだ。
「・・・本当に、今までになく慎重だな。お前は何をいったい悩んでる?」
 就職すらほとんど直感で決めた事実を知る長谷川が首を傾げると、池山はカウンターに目を落とし、だんまりをきめたまま人差し指でくねくねとのの字を書き始めた。
 この状況で今更恥らうようなことかと長谷川はあきれ返り、
「・・・速やかに、五十字以内で説明願おうか」
冷たい風をはらんだ笑みで、まるでテストの設題のような文言を突付ける。
「・・・あのさ、笑わない?」
「ここで尻を叩かれたくなかったら、とっとと言うんだな」
 カウンセラー兼元恋人は、女手一つで子供を育てつつ世間の荒波をかいくぐり、職場では海千山千の若者達さらにその後ろのPTAと戦っているだけに容赦ない。
「・・・だって、あいつ、青空が綺麗だからって、野球をやめるような奴なんだもん」
 池山は唇を尖らせてぼそぼそ呟く。
「は?」
「すっごく綺麗な秋空を見ているうちに、『もういいだろう』って思ったって。野球はとても好きだけど、今でもとても好きだけど、『もういいや』って言うんだ。あいつが、いつ、空を見上げて、俺のことを『もういいだろう』って思ってしまう日が来ないとは限らないじゃないか」
「・・・青空?」
 長谷川は切れ長の瞳を見開いて、池山の顔をしばらくの間まじまじと見つめ続けた。
「・・・青空ねぇ・・・」
 池山の言葉を繰り返し繰り返し頷きながら反芻する。
「そんな言葉、よもや、お前の口から聞ける日が来ようとは思わなかったな」
「・・・悪かったな」
 くっくっくっと口元に手の甲をあてて喉を震わせる長谷川を池山は睨みつける。
「いや、ちょっと感動した」
 まいったな、というのが本音だった。
 池山は自分との別れを決めた後、全く振り返ることはなかった。短かったけれどとても濃密な時間を共にした女だというのに、数ヵ月後に再会した時にはただの親しい友人の顔をしていた。だから、誰にも執着しない男だと思っていた。
 未だについつい手近な女と寝てしまうあたり節操がないのは確かだか、その反面考えは至って客観的で、何事もドライに割り切るから失恋の痛手を引きずることがないし、恋愛沙汰で深く悩むこともない。
 誰でも受け入れるけど、誰も追いかけない。それが、彼のスタイルだった。
 その彼を、まるで初恋を抱えておろおろする古きよき時代の中高生の様な姿に変えてしてしまった男には感服する。
「・・・そういえば、稽古仲間の中にしょっちゅう『誰もがうらやむ素晴らしい人と付き合うことになったけれど、いつかは彼がこんなつまらない自分を嫌いになって去っていくのではないか』って思い悩んでいる子がいたけど、千鶴さんが後で『あの子の恋は、もうとっくに終ってる』って言った事があったな」
 長谷川はおもむろに新しい煙草をくわえて、火を点けた。
「なんで?」
 池山は首を傾げる。
 そんなこと、この自分が悩んでいる位だから、誰でも考えそうなことである。
「『いつも恋が終わる事ばかり考えて、彼女は終わりを恐れているんじゃなくって、心の底では不安定な気持ちを終わらせたがっている』のだそうだ」
「相変わらず辛辣な・・・」
 人生を唯我独尊で歩く姉らしい解釈である。
「でも、なるほど、とも思ったよ。だけど、池山の場合は逆だな」
「え・・・?」
「彼を否定しつづけたのは、ひとえに終りを見るのが恐かったからだろう?それならば、もうとっくにその恋は始まっていたということになる」


 ホテルのベッドで目を覚ますと、バスルームのドアから大きな男が出てくるのを見つけた。
 そして、気が付くと名前を呼んでいた。
 ・・・・江口?


「そうか・・・」
 気が付いたら、好きになっていた。
「何も始まってなかったんだ」
「池山?」
「何も始まっていないことをうろうろ悩んで小さくなってるなんざ、俺の性に合わないんだよな」
 目の前の橋が渡れるか案じて立往生するより、駆け抜けてしまってそれが橋であり、下には深い川が流れていたことを後で知る方がはるかに自分らしい。
「・・・恋なんか、くそくらえだ」
 池山は前を見据えて呟いた。
「どうせ、なるようにしかならないなら、やりたいようにやるさ」
 その横顔には先程までの憂いや迷いの跡は綺麗さっぱりなくなっていた。
「それでこそ、池山和基だよ」
 長谷川はグラスを手に取り、そっと目の高さにかかげて楽しげに微笑んだ。




 『恋の呪文-20-』へ続く。




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