『恋の呪文』-17-(『楽園』シリーズ) 

2010, 05. 09 (Sun) 02:17

今回はちょっと短く。

体調が不安定なもので…。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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 『恋の呪文-17-』



「池山さん!」
 保坂と別れた後、ついでに設計部に出していた承認書類を回収しようと非常階段を昇っていると、下の方から江口の声がした。
「なんだ?」
 追い掛けてきた江口を二、三段上から見下ろす形で振り返る。
「さっきの件、ありがとうございました。池山さんが長塚さんを口説き落としてくれなかったら、皆に申し訳が立たなくて、顔向けできないところだった」
 かっちりした奥二重の意外に長いまつげに囲まれた焦茶色の瞳が、池山を見つめた。
「・・・俺は、長塚と話をしただけだ。たいしたことじゃねえよ。礼なら、保坂に言ってやってくれ」
 池山は手に持った書類でぱたぱたと顔を扇ぐ。
「・・・はい。あ、それから保坂さんを横浜へお連れするときは教えて下さい。料金は俺が持ちますから」
「なに言ってんだ。あれは俺と保坂の問題だ。お前がしゃしゃり出てくる筋合いはない」
 そういいながら、池山の視線は江口の顔の上をゆっくりたどる。
「そうですか・・・?」
「・・・おうよ」
 非常階段は、がらんとしている分ささいな音もかなり響くので、至近距離で二人とも声を落としてささやくように会話を交わしている。
 息のかかるような位置で聞く江口の声は、少し擦れ気味だが、低く、耳に心地よい。
「ああ。それから、この間打診されてたR銀の見積り構成書なんですが・・・」
「ん?」
 手摺りに手を掛け、上から江口の手元を覗き込みながら、池山はつらつら考える。
 節くれだった、軍手をはめたような厚くて大きな手。深爪しつづけたせいか爪がやたらと短くいびつな形なところが笑える。
 自分の身体の上を、この手と指先がうごめき、快感を生み出していたのかと思うと、不思議な気分になった。
 どうだったのだろう。
 この手の感触は。
 この指は。
 ほとんど覚えていないのが、ひどく惜しい気がした。
「・・・ということで、これをそちらの課長に渡してください」
 書類を差しだした江口の手首を、池山は無意識のうちに強く掴む。
「池山さん?」
 いぶかしげに見上げる江口の瞳に吸い寄せられるように池山は顔を寄せ、厚くてしっかりした唇に自分のそれをゆっくりのせた。
 ゆるく目蓋を伏せながら軽く下唇をついばむと、江口はあいているほうの腕で池山の腰をゆっくり引き寄せ、池山の上唇を軽く吸い返す。
 そして、お互いを確かめあうかのように、口を開いて舌を絡めた。
「ん・・・」
 我にかえって目を開けると、江口にしっかり体を抱え上げられ、あろうことか両腕を相手の首にしっかり絡めている。
 互いの息の混じりあう程の距離で、江口の大きな瞳が揺るぐことなくじっと池山を見つめていた。
「あ・・・っ」
 慌てて体を離し、書類をもぎ取る。
「池山さん」
 自分の名を呼ぶ江口のかすれがちな声に、池山の耳にかっと朱が走る。
「い、今のはドンペリ代だっ。いいなっ。そ、それじゃあっ」
 ようやくそれだけの台詞を絞りだして投げ付けると、池山は階段を物凄い勢いで駆け上がり、瞬く間に消えていった。
「・・・・高いというべきか、安いというべきか・・・」
 高名なシャンパン一本分のキスを貰った江口は、手摺りに寄り掛かり口元を押さえて笑う。
「得したな・・・」



「立石~ぃ」
 パソコン操作に熱中している広い背中にべったり張りついてみると、
「だめだ」
答えは直球ではねかえってきた。
「俺、まだ何も言ってない・・・」
「こういう時のお前は、ろくでもない頼みごとしかしないからな」
「そんなぁ~」
 後から首にかじりついたまま甘えた声で萎れてみせるが、立石には通じないらしい。
「夏にでかい男同士がくっついてると暑苦しいだけだ。とっとと離れろよ」
 立石が腕を解きにかかると、池山はますます力を込める。
「お願い事を聞いてくれるまで、ずえったい離れないもーん」
 これが27歳の男のすることだろうか。
「やっぱり頼み事なんじゃないか・・・」
 立石はため息をついて、眼鏡をとる。
 深みのある茶色の瞳を間近に見るだけで、池山の胸の内のもやもやがすっと軽くなった気がするから不思議だ。
「話だけは聞いてやるが、かなり後ろめたい頼み事だろう?」
「ううーん。後ろめたいというか、難問というか・・・」
 池山は腕を解き、椅子を寄せて座った。
「・・・長谷川女史に相談したいことがあるから、連絡とってくれないかな」
 上目遣いに立石をじっと見る。
「・・・長谷川なら、保坂さんか、お前の姉さんに頼んだ方が早いだろう?」
「いや、お前から話を通してほしい」
 いやに力みのはいる池山の言葉に立石は苦笑した。
「なら、お前の携帯に折り返し連絡入れるように言えばいいんだな?」
「うん。ありがとう」
 ほっと息をつく。
「ただし」
 突然、膝を突き合わせた格好のまま立石はずいっと池山に顔を寄せる。
「飲みすぎるなよ」
 いつもなら優しげに見えるはずのその瞳は、なんとも言い難い、鋭く剣呑とさえ云える空気をはらんでいた。
「・・・はい」
 池山は椅子の上で神妙に小さく頷いた。




 『恋の呪文-18-』へ続く。






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