『恋の呪文』-13-(『楽園』シリーズ) 

2010, 05. 04 (Tue) 13:46

 今日、洗濯機を回し始めて気がつきました。

 …昨日、一歩も外に出ていない…。

 なんてインドア夫婦なんだろう…。




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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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 『恋の呪文-13-』


「はああぁー。年寄りはしつこいから、嫌いだよ・・・」
 肩を落として、池山は長くて暗い廊下をとぼとぼ歩く。
 ご立腹だったお歴々は、池山に対して嫌味と罵詈雑言をねちねちとまるでお経のようにいつまでも繰り返した挙げ句、詫びとしてTENでCMに起用していた美少女タレントのポスターの全バージョンを持って来いと命令した。
 キャンペーン期間は終わったから、もう在庫はないと答えると、社内に飾ってあるのをはがしてでも持って来いと駄々をこねるのだ。
 なんともはや、執念というか、可愛いファン心理というか・・・。
「しかし、女子高生の水着姿をどこに貼るつもりだ。あの親父どもは・・・」
 自宅のトイレでないことだけは、確かだろう。
 まあ、詫びがポスター数枚ですんだだけでも、有り難いというべきか。
「おっまたせー。懺悔は終わったよーん」
 気を取り直してドアを開くと、いつもは十数人で作業しているはずの室内はしんと静まり返っていた。
「あれれ・・・?」
 池山は戸惑い、立ち尽くす。すると、ややあって部屋の奥に積まれた段ボールの山の影から、ぬっと大男が顔をだした。
「お疲れ様でした。何か飲みますか?」
 穏やかな江口の声色に、ほっと肩から力を抜く。
「いや・・・。それより皆は?」
「設計部隊を混ぜた関係者一同で隅田川の花火を見に行くんだと、三十分ほど前に出ましたよ」
「関係者一同か・・・」
 要するに、今回の件で間に挟まれて苦労した顧客側SEたちとの慰労会なのだろう。
「迷惑かけたな。あいつらには・・・」
 まったく、岡本達の気配りには恐れ入る。マシン対応と顧客フォローを同時にこなすのだから。
 落ち込む池山に麦茶の入ったカップを握らせ、江口は言う。
「どうせ、今日の仕事はもう終わりでしょう。見にいきませんか、花火」
 池山は受け取った紙コップの中身を飲み干す。
「・・・そうだな」
 喉を通ってすうっと隅々まで染みわたるように体内に落ちていく液体の冷たさを、気持ちいいなとぼんやり思った。



「嘘みたいだな・・・。たかだか二駅なのに、どうしてこんなに人が少ないんだ」
 いや、きっと通常よりは多いのだろうが、先程までの押すな押すなの喧騒と比べると可愛いものだ。
 二人は浅草駅のあまりの混雑ぶりと熱気に目を回し、隅田川を挟んで浅草の対岸にあたる駅で降りた。
「えっと・・・。どうします?皆は浅草側にいるはずですが」
 立石の残していった大まかな地図を眺めながら尋ねると、池山は力なく首を振る。
「いい・・・。どうせ、あいつらはもう出来上がって前後不覚だろうし、この分だと俺達の座るスペースもないだろう」
 昼間の熱気がまだ澱んでいる地下鉄の空気に疲れがどっと出たのか、大はしゃぎで駆け回る子供たちを眺める目は虚ろである。
「じゃあ、ちょっと眺めは落ちますが、座って山ほどビールが飲めるとこ、行きませんか?」
「こんな時間に、飛び入りで、そんな天国みたいな所あるのか?」
 腕時計を見ると、もう花火が始まる時間になっていた。
「あるんですよ。これが」
 にっこり笑って江口は歩きだす。
「すぐ近くですから、我慢して、もう少し頑張ってください」
 まだ夜になりきっておらずほのかに明るい空に、一発目の花火が高らかにあがった。



「おーや。コウじゃないかぁ。よくきたなぁっ!」
 角刈り頭にはちまきを締め、絵に描いたような下町風情の親父がグローブのような厚い手を元気良く振り回すと、周囲の老若男女が一斉にわぁっと歓声をあげて、方々から声をかけてくる。
「おや、生きてたのー、コウちゃん」
「すっかり、カタギのサラリーマンじゃん」
「そこのいいオトコは誰だよ?とっとと紹介しとくれよ」
 駅から一キロたらずの場所にある商店街は、全面交通止めにした道路の上にゴザを敷き詰め、長机を繋げて並べた上にいかにも持ち寄りと言った感じの多様な料理と酒を広げていた。その間には身内だか他人だか訳わからない人々が車座になって、花火を愛でつつ好き勝手に騒いでいた。
「こんばんは。大将、この人は、会社の先輩で池山さん」
「こりぁー、どーもどーも。うちのコウが随分とお世話かけとりますようで」
 親父が深々と塩のなかにぽつぽつと胡麻を落としたような角刈り頭を下げると、あわてて池山も頭を下げる。
「いえ、江口は優秀で手のかからない奴だから、そんなことは・・・」
 なんだか、家庭訪問で生徒の父親に対面した教師のような気分だ。
「大将。急で悪いけど、あと二人分都合できないかな」
「なにもって回った言い方してんだよ。たかだか二人分くらい、いくらでもできらぁな」
 がははと笑いながら、「おらおらどかんかガキども」と身内らしき少年たちの背を足で軽くけとばして場所を作る。
「さっ、先輩のお相手は俺がやっとくから、焼きもんを女房からもらってこいや」
 大将が池山の肩を両手でいきなりつかんで座布団に座らせる。
「ありがとう。じゃあ池山さん、すぐ戻りますけど先に始めていてください」
 少しすまなさそうに頭を下げた後、次々と上がる花火に歓声をあげる人込みの中、すいすいと江口は泳ぐように行ってしまった。
「マジかよ・・・」
 まわりが異様な盛り上がりをみせるなか、池山は恐ろしいほど上機嫌な角刈り親父のそばにとり残されてしまい、茫然とする。
「まあ、池山さん。ビールでもどうですか」
 にかっと歯を見せて大将が瓶をさしだすと、
「あ、どーも」
 にかっと歯をむいて池山は紙コップでそれを受ける。
 ・・・先ほどの謝罪で疲れきった頬の筋肉がつりそうである。
「どうです?あいつ、ちゃんと使いものになってますかね?」
 ビールをぐびぐびっと一気飲みして大将は尋ねた。
「ええ。お世辞抜きで、良くやってます」
「そうっすか。そいつは良かった・・・」
 しんみりという大将の横顔に、池山は眉を寄せる。
「いえね。最近和美ちゃんと別れたって聞いたもんだから、ちょいと、ね」
「和美さん・・・?」
 眉をひそめる池山をみて、しまったと大将は頭を掻く。
「ああ。仕事場では、ぷらいべいとってやつは口にしないのが決まりなんですかね?」
「いえ、付き合っている子がいることは人づてに聞いていたんですが・・・。おれ、あいつとは所属部署が違うんですよ」
 下町商店街のオヤジにどうすれば職場事情が解ってもらえるかと頭を悩ませながらも、フォロー代わりに落ち込み気味の大将のコップへビールを注ぎ足した。
「俺の腐れ縁のダチが大学の野球部の監督をしてましてね。そいつの愛弟子があいつでねぇ。まあ、俺にとっては息子というか、孫みたいなもんというか、なにかと気になってしょうがないんですよ」
 ああ、今度のやつはでかかったですねぇ。きれいですねぇ、と、商店街の建物の間に浮かび上がる花火をぼんやり見つめる。
「これは内緒なんですが、和美ちゃんの実家は土地持ち長者でね。婿入りってわけじゃあないんだけど、結婚するときにはそれなりのマンションが用意されるはずだったんですがねぇ」
「え?」
「・・・野球もあきらめて、女も財産もあきらめて、あいつは、これからいったいどうなるんでしょうねぇ・・・」
 花火の音とざわめきの真ん中にいても、大将のため息は、深く、低く、そして強く池山の耳に届いた。




「あれ、大将は?」
 紙皿に串焼きを何本ものせて戻ってきた江口は、辺りを見回す。
「町内会長さんに呼び出しくらって、さっきあっちに行った」
「そうですか。じゃあ、俺達だけで食べましょう。おいしいですよ」
 たしかに、たれの醤油のあま辛い匂いが食欲をそそる。
「そんじゃ、いただきます」
 二人は花火から視線を離さないながらも、争うようにして串焼きを食べだした。
「・・・うまい」
 はぐはぐと、欠食児童のようにかぶりつく池山に、うれしそうな声が答える。
「そうでしょう?俺、大将の店は東京一の串焼き屋だと思うんですよ」
「・・・大将とは、ずいぶん親しいみたいだな」
「ええ。実の親より、はるかに可愛がってもらってます」
「そしたら、その大将に、あんまり心配かけるんじゃねーよ」
「え・・・?」
 どーんと花火が上がり、振動で商店街中の窓ガラスがびりびり震えた。
「・・・野球をやめて、逆玉もやめて、あいつはこれからいったいどうするんだろう、って言ってたよ」
「ああ・・・。もう、大将の耳に入ったのか・・・」
 枝豆を口に運びながら呟く。
「いいんですよ。もう、終わったんだから、問題なしです」
「問題なしって言ったって、もしかして、もしかしなくても、俺のせいだろう?」
 喉がひりひりするような感覚に、池山はビールを流し込む。
「いえ。俺が勝手に決めたことです。お願いですから責任感じたりしないでください」
「でもっ・・・」
「池山さん、俺の実家は山口のほうでも結構古くて名のある家らしいんですが」
「は・・・?」
 池山は江口顔をみつめるが、江口の視線は空に固定したままだ。
「そこの三人兄弟の真ん中で、上と下が利発な分、体力はあるけど、どんくさくてとろくさい俺は完璧に浮いてたんですよ」
 忙しない爆竹のような連続音に空を見上げると、ちかちか光が反射するだけで、何も見えてこない。どうやら今は仕掛け花火をやっているようだ。
 この場所が比較的空いている理由は、川岸の仕掛け花火が建物の陰に隠れて見えないからなのだと気がついた。
「おかげで親族を含めた土地の連中から、陰でかわいそうに、とか色々言われてましたよ。そんなに成績も悪くはなかったんだけど、なんせ、兄貴と弟は小学校から神童と呼ばれていましたから、かすんじゃって」
 ぽつりぽつりと語る江口の横顔には、なぜか微笑が浮かんでいる。
「でも、生まれた頃から骨格が太かった俺は、肩の力が並みじゃなかったんです。それを見込まれて野球で有名な私立中学からスポーツ入学しないかって言われて、たったひとつの取り柄だろうということで親に放りこまれたんですよ」
「そうか・・・」
 その後の経歴は、人事合戦時に履歴書に目を通した池山は知っている。
 そのまま高校も野球に明け暮れて、入学した大学野球部では華々しいスター選手ではなかったが、中堅としてそれなりに活躍してきたはずだ。
 だからこそ、皆、疑問をもつのだろう。
 彼の、早すぎる引退に。
「・・・野球、楽しかったか?」
 酒の力を借りて、今まで誰もが聞くに聞けなかったであろう質問を投げ掛けてみる。
「すっごく、楽しかった。今でももちろん好きです。大好きです。・・・でも、もう、終わりにしていいだろうって思ったんです」
 振り返った江口は、なぜかまぶしげに目を細める。
「去年の秋の準決勝、池山さん、見にきていたそうですね」
「・・・徹か。あんの、告げ口野郎」
 別に知られたところで何の不都合もない筈なのだが、きまりわるくて悪態をつく。
「いい天気でしたね」
「・・・まあな。ビールがうまかったよ」
「雲一つない、綺麗な空でしたよ。それを見ていたら、ああ終わったなって思ったんですよ」
 ひとこと、ひとこと噛み締めるように言葉をつなぐ江口の横顔をみて、池山も去年の秋に思いを馳せる。
 雲ひとつない晴天のなか、投手陣にいまいち生彩を欠いた江口のチームは取り返しのつかない点差で負けていた。
 もうあきらめムードですっかり沈みきっている最終回で、四年生ながらも出場していた江口は、いきなりホームランを打って、三点を返した。
 しかし、時はすでに遅し。
 一挙にゲームを逆転するには、十点近く開いた点差の壁は打ち破るにはあまりに厚すぎ、善戦虚しくあえない最期を遂げた。
 そして、それから間もなく江口が野球界から姿を消した。
 目蓋を閉じてみると、不思議なほど鮮明にその時の光景が脳裏に浮かび上がってきた。



 江口がすくい上げたボールはゆっくり風に乗って弧を描くようにして空に吸い込まれていき、やがてスタンドのど真ん中にぽとりと落ちた。
 あのとき。
 江口はスタンドにボールが入るまで、バットを握ったまま立ち尽くしていた。
 顔の表情までは良く見えなかったが、一度深く息を吸った後、おもむろに一塁に向かった姿が切なかった。
 思ってもみなかった反撃に球場中が沸いている中、彼一人、淡々と地面を踏みしめて走っていく。
 そして、彼が見つめていた空をもう一度見上げると、ふいに悲しい気持ちになった。
 夏の暑さをすっかり消し去ってさわやかに透き通った空気と、宇宙の広さを思わせる高くて青い空は、あまりにも綺麗すぎた。

「あの、江口って奴は、野球を辞めてしまうかも知れないな」

 ついぞ思ってもみなかった言葉が、不意にするりと口をついて出た。
 長い夏も終わっていつのまにか秋が深い色あいを広げ始めているように、彼の中で、何かが終わったのだ。
 もう、球場の中で彼の姿を見ることはないだろう。
 確信に限りなく近い、予感だった。



「もともと、体のあちこちに爆弾抱えていたせいもあって、気持ちの切り替えは早かったな。そうしたら、なんだか、野球以外の世界が見てみたくなって就職活動をしてみたんです。すると、運良く叔父のコネでTENに入社できて」
 野球大会を終えるなりリクルートスーツに身を固めて会社を回る姿は、友人たちのほとんどが野球入社かプロになる中、かなり異質なものに映っただろう。
 なかば内定していた企業野球部の関係者や大将をはじめとする親しい人々は、引退を決めるにはまだ早すぎると、何度説教したか知れない。
「大学卒業間際まで野球一色の生活しか知らないくせに、結局その道を貫けなくていきなり会社員として働かなきゃならないなんて、あいつはなんて不運な奴だと里の連中は嘆いていましたけど」
 すぐ側にいるはずの子供たちの歓声が、ぼんやり遠くに聞こえた。
「ところが俺は、自分をついてない奴だと思ったことは一度たりともないんです。むしろ、こんなに人生好き放題してていいのかなって、ときどき不安になるぐらいで」
 まるで和太鼓の連打のように花火の音と光の点滅がだんだん激しくなってくる。
「和美の場合、付き合ってみたらたまたま彼女の実家に資産があっただけです。たしかに彼女は優しくて居心地がよかったけど、それだけではだめだと気付いたから、別れました」
 江口は首を傾けてふわりと笑った。
「・・・後悔は、してません」
 晴れ晴れとした江口の表情から、池山は目を離せなかった。
 彼は、きっと、こんな瞳で空を見つめたに違いない。
 あの時も。
 そう思うと、胸が苦しくなった。

 空の青さなんて、気付かなければ良かったのに。




 『恋の呪文-14-』へ続く。







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