『恋の呪文』-9-(『楽園』シリーズ) 

2010, 05. 01 (Sat) 07:41

 お出かけ前の更新です。
 今日はいい天気だなあ。
 洗濯日和だなあ。
 布団を干したいなあ。
 干したてのふっかふかの布団にもぐりこみたいなあ。

・・・そんな私は生れてからこのかたインドア派です。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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 『恋の呪文-9-』



 平日の一時過ぎのそば屋は、ほとんどの会社の昼休みが終わる頃という事もあり、ほどほどの活気と店員たちの余裕の表情が見えてきて、なかなかオイシイ時間である。
「・・・ちわー。」
 すきっ腹のせいか、心なし元気のない声で挨拶しながら、池山はのれんをくぐる。
「へいっ、らっしゃい。池山ちゃん、何にするね?」
「うーん。天ざる定食がいいかなぁ」
 ふうぅ、とため息をつきながらカウンター席に座った。
「やあねぇ。若者が真っ昼間っから、ど暗くため息ついてんじゃあ、ないわよ」
 さらっ、とシトラス系の香水の薫りがかすかに彼の鼻をくすぐる。
 いやいやながらも振り返ると、事務職の制服がとてつもなく不似合いな美女が見下ろしていた。
「・・・保坂、なんでお前が、この時間に、そば屋へ来るんだよ」
「午後いちの会議の資料作りの手伝いをしていたら、この時間になっちゃったのよ。それに、ハナ屋さんの蕎は絶品だしね」
 波打つ栗色の髪をバレッタで手早くまとめ、白くほっそりした首をあらわにする。
「おやまあ有希子ちゃん、うれしい事言ってくれるねぇ」
「本当のことだもん。蕎は何といっても、おじさんの手打ち麺が一番よ」
 ちゃっかり池山の隣に席を陣取ると、でれでれと相好を崩しまくるそば屋の親父へ、透き通るような面差しににっこりと極上の笑みを浮かべて天ざるを注文した。
 保坂有希子。
 彼女は江口と立石の所属するシステム部金融一課の事務担当である。そして運命の皮肉というか何というか、池山が幼稚園と小学校を共にした幼なじみでもあった。
 そして、目下のところ彼の数多い知人友人の中、史上最強の天敵である。
「ねぇ池山、あんた、美代子と別れたんだって?」
 ・・・・・ほら来た!
「・・・なんで、お前が知ってるの?」
 たらりと汗がひとすじ背中を流れ落ちる。
「寝呆けてんじゃないわよ。美代子と付き合うきっかけは、私とあんたが幹事したコンパだったでしょーがっ」
 しっかりとしたヒールのある靴で、いきなりがつんと池山の足を蹴飛ばす。
「いたた・・・。そーいえば・・・」
 その場かぎりのノリで付き合いはじめたのに、意外と長く続いたんだよなぁ。
 幕切れは、いささかお粗末ではあったが。
「今度は、何がいけなかったのよ?」
 まかないのおばさんが差し出す膳を受け取りながら、色素の薄くて長いまつげに縁取られた琥珀色の瞳で池山をきりりとにらみ付ける。
「美代子が見合いした話は、聞いた?」
 天つゆに付け込んだ海老の天ぷらにかぶりつきながら、池山は尋ねる。
「聞いた。でも、それが本当の理由じゃなくって、単なるきっかけにすぎないと見たんだけど?」
「さすが・・・」
 こういう時に、付き合いの年輪、というものをひしひしと感じるんだよなぁ。
 ほう、と池山は感嘆のため息をつく。
「・・・そうだな。強いて言えば、ベッドマナーの相違かな」 
「はぁっ?」
「俺も美代子も、ベッドは右っかわで寝ないと落ち着かないんだよ。あー、れー、は、一度、一緒に寝てみないとわかんねえよなぁ」
 お前は、幸いにして俺と寝たことねーからわかんないよなあ。・・・こればっかりは。
 少し意地悪な意味合いを匂わして、有希子の質問をかわした。
 まさか、飽きたとは、口が裂けても言えない。今度はヒールで蹴られるだけではすまないだろう。
 しかし、そんな彼の思惑はとっくにお見通しの有希子は、からりと揚がった海老の天ぷらを箸でつまんで見据えたまま、ぽつりと問うた。
「ふぅーん。それなら、総務の野島は、ベッドの左っかわで寝る女だったとでも?」
 ぐっ。
 池山はかきこんだ蕎を思いっきり喉につまらせる。
「なーにやってんの」
 げほげほと咳き込んで苦しむ男に保坂は思いっきり冷めた目をちらりと向けた後、さらさら蕎をすする。
「な・・・。なんで、知ってる・・・?」
 息も絶え絶えになりながら、必死に言葉を絞りだした。
「あんたら、組合の飲み会のあとなんかにホテル行くの、やめなさいね。酔っていても、みんな見るとこは見てるんだから」
 とっとと食べ終えた保坂は、ごちそうさま、と、丁寧に手を合わせる。
「だ・・・っ。誰から?」
「設計部の片桐くんと、そこの事務の本間ちゃんのペア。・・・もーおっ。どーして、あんたは、そう、締まりがないのっ」
「だって、酔ってたんだもーん」
 へらへらと池山は笑う。
「そんな、使い古しの言い訳なんざ、聞きたかないわよっ」
 べしっ、と有希子が池山の後頭部を思いっきり平手ではたいた。
「いてっ・・・。有希子、お前、年々お前のおかんに似てくるなぁ・・・」
「ああ、そーぉ。いつまでも、そういう風だとねぇっ。いまーあに、とんでもないのに骨までしゃぶられるはめになるんだからねっ」
「・・・シャレにならんなぁ。その表現」
「はぁ?」
「しゃぶられたのが骨なら、どんなに良かったか・・・・」
 はああー、と長い息を吐き出し、池山は頭を抱える。
 有希子は、ちょっと目を見開いて丸くなった背中を見つめる。
「ちょっと、和基」
 椅子から立ち上がって、ぽんと軽く池山の肩をたたく。
「今日は、いい天気ね」
「そーだな」
 俺の心とは正反対になぁ。
 すっかり後向きになっている幼なじみに、大輪のひまわりのような、元気ばりばり全開の笑顔を有希子は向ける。
「おいしい蕎の後は、おいしいアイスコーヒーなんかが飲みたいわよねぇ?」



 『恋の呪文-10-』へ続く。






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