過去・拍手御礼SS 『アタシ、猫』 

2012, 10. 27 (Sat) 16:53

 9月分の小話が押しのけられたので掲載します。

 「ずっとずっと甘い口唇」の本間VS.篠原です。
 小話と言えない長さですが、楽しんで頂けたら嬉しいです。

 この二人がこの先どうなるかは・・・。
 どうしたものか・・・。





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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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 『アタシ、猫』


 手をさしのべられたので。
 断る理由が思いつかなくて、とりあえず手を取った。

 ・・・まあいいか。



 バスタオルを被ったまま髪を拭きながら居間に入ると、見知った男が二人、なんとも言えない顔をして見上げた。
「あ。ギャラリーが増えてる」
 ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいたのは、同僚の片桐啓介だ。
「お前、実は物凄い長風呂なのな。俺、来てから1時間はゆうに経ってんだけど・・・」
「そうなんだ。いつもはここまでないんだけどね、入浴剤入れてみたら凄く気持ちよかったから、ついねぇ」
「・・・すげえよな。来てみたら、部屋の中、朝っぱらからオレンジの香りが充満してるし・・・」
 その隣でノートパソコンをいじっていた岡本竜也もぼそぼそと文句を言う。
「家を間違えたかと思ったぜ・・・」
「なんで?」
 心底不思議で首をかしげたら、多少昔気質が残っているらしい岡本が泡を飛ばす。
「いや、男の家じゃないだろう。廊下まで漂うオレンジ臭、ベランダには女物の下着がどうどうと翻って。いったいここはどうなってんだ?」
「べつに、同居してんだから当たり前じゃん」
 と、そこに甘い声が割って入る。
「おいで、なっちゃん。髪乾かしてあげるよ」
 ドライヤーをコンセントに繋ぎ、佐古真人がにっこり笑って手招きする。
「はあい」
 リビングのラグの上に腰を下ろすと、背後から佐古が手際よくドライヤーを当ててくれる。
「なんかさ・・・」
「うん?」
「前から思っていたけど、佐古って、本当に猫っ可愛がりしているよな」
「・・・というより、アイツが猫そのもの?」
「言えてる・・・」
 九州男児二人はドライヤーの轟音の陰に隠れてひそひそと本音を交わす。
「まあ、いいじゃないか。二人ともとても楽しそうだし」
 背後から、キッチンで洗い物をしていた立石徹が苦笑する。
「そもそも、真人は俺の妹たちにも毎度あんな感じだよ」
「そうなんだ。お前の所って、何人いたっけ」
 片桐が指折り数えた。
 立石は七人兄弟の長男である。
「四人。すぐ下に二人、次に弟、妹、弟、妹・・・でおしまい。一番下はまだ中学生だから、まあ娘みたいなもんだな」
 突然転がり込んだままそのまま居着いて、はや一ヶ月あまり。
 本間には男兄弟はいなかったはずだが、今ではすんなり二人の間に溶け込んでいる。
「それにしても、あの格好はいいのかよ」
 湯上がりだからと言うのもあるが、おそらくノーブラでずいぶんと緩いパジャマ姿である。男四人の中にいるにしてはくつろぎすぎている。
「別に?俺らも湯上がりはあんなもんだし。さすがにお互い全裸はなしということに決めてるけどな」
「なら、パンツ一丁はありなのか・・・」
 若い男女三人というのにそれでまかり通るこの状況を、清いと言うべきなのか、古い男は頭を抱える。
「お前だって、お姉さん三人いただろうが」
 確かにあの女傑たちは独身時代、思春期の弟の前でやりたい放題だった。
 しかし。
「あれは、血が繋がっているからな」
「もう、それに近いモンだって、ここまで馴染むと」
「まあ、確かに馴染んでいる・・・つうか、馴染みすぎだろ」
 気が付くと、髪を乾かして貰っていたはずの本間は、佐古の腕の中で眠っていた。
「疲れてたんだね、なっちゃん」
 可愛くて仕方なさそうに、背後から乾かしてやった頭を頬ずりして抱きしめる。
 目に入れても痛くないと言わんばかりだ。
「さすがにそれはありえねえだろう、本間・・・」
 あきれかえりながらも、片桐はやおら席をたち、ソファにかけてあった毛布を上からかけてやる。
 結局、なんだかんだと非常識なほど甘やかしてしまっていることに誰も気が付いていなかった。
 女兄弟の洗礼を受け続た男たちの悲しい性なのかもしれない。
「何?昨日なんかあったの、こいつ」
「ん-。大学時代の友人たちの結婚式に呼ばれて行ったんだけど、明け方帰ってきたんだよ」
 佐古と毛布に包まれて、心地よさそうにぐっすり眠っている。
「明け方ねえ・・・」
 片桐の眉間にしわが寄った。
「なんか、嫌な予感がするわ、俺」


 片桐の予感が的中したのは、それからさらに1時間ほどしてからだった。
 コーヒー片手に立石と岡本、片桐の三人が仕事の打ち合わせ、佐古は本間を抱いたまま本を読んでいるとインターフォンが鳴った。
 立石が席を立ち、すぐに応対するが、なぜか首をかしげてる。
「誰?」
「・・・池山だけど・・・」
 片桐の問いに答え終わらないうちに玄関が空く音がし、ずかずかと池山が入ってきた。
「よ。今日もおそろいで」
「なんだ、何か用かよ」
 お気楽な池山の挨拶に、込み入った話の最中だった岡本がとがり気味の声を上げる。
「俺は用はなかったんだけどさ・・・」
 彼が後ろを振り向くと、背後からスーツ姿の男が現われた。
「お休みのところ突然済みません。お邪魔します」
 その、秀麗とも言える顔に片桐が思わず立ち上がる。
「・・・っ!篠原!!」
 祖父、長田有三の秘書の一人だった。
「あ。やっぱり、知合いだったんだ」
 のんびりした池山の声ももはや片桐の耳には入らない。
「お前、なんだよ。まさか休みまで俺をつけ回してるのかよ!」
 会うとろくでもないこの男の出現に半ばパニックを起こす。
 しかし、目を細める篠原の表情にいつもの冷徹さは影を潜め、どこか物憂げだ。
「いえ、あなたに用はありません。そもそも啓介様が今日、こちらに伺っていること自体知りませんでした。もし解っていれば・・・」
「はあ・・・?」
 よく見ると、いつもは一分の隙もない彼のいでたちが、すこしくたびれている。
 髭もあてておらず、髪も、慌てて整えた風情である。
「・・・どうしたの、お前・・・」
 首を真横にかしげると、彼は、はああーっと腹の底からため息をついた。
「それは・・・」
 言葉を続けながら、ふと、奧のソファの方へ目が行く。
 そこには、ソファを背もたれにしてラグを敷いた床に座る佐古と、彼の腕の中ですやすやと眠る本間がいた。
「・・・やっぱり、いた!!」
 他の男たちは目に入らぬ様で、そのままリビングに篠原は突進した。

「いったいどうして、ここにいるんですか」
 篠原は佐古の腕から本間を取り上げて、自分の胸に抱き寄せた。
「なにすんだよ、アンタ」
 すぐに、本を床に置いた佐古が奪取する。
 その間、熟睡状態の本間はもみくちゃにされても起きる気配がない。
「あなたこそ、奈津美さんの何なんですか」
「俺?俺は・・・」
 得意げに佐古が顎をそらす。
「飼い主だろ・・・」
「いや、下僕?」
「コイツ、遊んでくれる~」
「コイツ、ご飯をくれる~」
 やりとりを見守りながら、岡本と片桐が頭を低めてひそひそと歌い出す。
「なっちゃんの保護者?というか、つよーい心の絆で結ばれた感じ?」
 ふふんと鼻先で笑って、本間の額に口づけするのを見せつけた。
「ち、ちょっと!!眠っているのを良いことに勝手に触らないで下さい!」
「なんで?いいじゃん、俺、信頼されてるし」
「いいえ、良くありません」
 正座した篠原が佐古に詰め寄った。
「減ります」
 彼は、至極大まじめだった。

 思わず、岡本と片桐と池山が盛大に吹き出し、呼吸困難に陥る。
 立石と佐古は目を丸くして、この侵入者の顔をまじまじと見た。
「こいつ、何者・・・」
 眉を寄せる佐古に、腹を押さえたまま肩で息をする片桐が片手をあげた。
「あー、ごめん。そいつ、東京の方のじいさまの秘書」
 そこで、すかさず、ぴしりと背筋を伸ばした篠原が優雅な仕草で名刺を佐古に渡す。
「申し遅れました。篠原高志と申します」
「ふうん。例のご隠居さんとこのねぇ・・・」
 頭上で会話を交わされている間、佐古の腕の中に囲い込まれた本間は安定した眠りの状態のままだ。
「いや・・・。マジで本間って大物なのな」
 キッチンの柱に寄りかかって感じ入ったように顎に手をやる池山の横に、立石が腕を組んで立つ。
「お前、どうしてあの人連れてきたんだ?」
「んー?エントランスのところでなんだか思案中だったから声をかけた。どっかで見た顔だと思ったし。そしたらお前ん家に行きたいって言うからさ、こりゃなんか面白いことになりそうだな~と思ったから連れてきた」
 ぺろりと舌を出した。
「お前は・・・。江口がいないとろくな事しないな・・・」
 江口がこちらにいる間はとんとご無沙汰だったのに、一人になった途端、これだ。
 彼をいい加減呼び戻すよう上司に進言すべきかという考えが頭をよぎる。
 いや、それこそが池山の思うつぼなのかもしれない。
 立石が眉間のしわを指でのばしている間も、佐古と篠原による低次元な本間の取り合いは続く。
「なんかこれって、クマのぬいぐるみの取り合い?」
「どうしてだろう・・・。あいつら、その道ではトップで、神と呼ばれているはずなのに・・・」
 テーブルに肘をついて観戦中の二人の後ろから、池山が割って入った。
「恋したらただの人、じゃね?」
 目を三日月のように細める池山に二人はあんぐりと口を開けた。
「え?恋?」
「誰が?」
「ん?あの、秘書の人」
 びしっと池山は人差し指を篠原に向けた。
 一瞬、室内がしん、と静まりかえる。
 五人の男の目が集中する中、隙を見つけた篠原はもう一度取り戻した。
「・・・だから。私は奈津美さんに用があって・・・」
 しどろもどろに言いながらも、腕の中の本間を抱いて離さない。
「ほら、だからやっぱりクマだって」
「いや、猫だろ?」
「なに言ってんの、恋に決まってんじゃん」
 言いたい放題の三人の背後で立石はどうしたものかとため息をつく。
 そんな中、本間がようやく覚醒した。
「・・・ん~。どうしたの~?」
 もぞもぞと毛布の中で身じろぎしたため、篠原は腕の力を緩めてうっとりとのぞき込む。
「奈津美さん・・・」
「・・・!うわっ、なんでいんの、アンタ!!」
 目を見開いた途端、両手で篠原の胸を突き飛ばし、背後へ後ずさる。
 そこで、すかさず両手を広げて待っていた佐古がその背中を受け止めた。
「おはよ、なっちゃん」
 背後からぎゅーっと抱きしめて、頬に音を立ててキスをする。
「うわ、ベタ甘・・・」
 いつの間にか椅子を引っ張ってきて観戦を決め込んだ池山は、先の二人と同様にテーブルに両肘を付いて顎を支えた。
「だから、減るって言ってるじゃないですか」
 なおも篠原は佐古の頭を大人げなく引きはがす。
「俺は、ここにいたらいつもこうなの。なっちゃんもぜんぜん怒らないし、良いんだよね?」
「そりゃ、もうあんだけ毎回チューされたら、慣れるってモンだろ・・・」
 一番離れた位置で冷静に見ているはずの立石がひっそりと呟く。
「んー。だって、佐古さんだから、別に・・・」
 抱きすくめられたまま、本間がぼんやり返すと、篠原が膝詰めでにじり寄った。
「それに、この男の人たちはいったい何なんですか!!しかもそんなパジャマ姿で熟睡して、少しは警戒して下さい!」
 振り向かれた男たちは、ああやっと俺たちを認識したなとぬるい笑いを浮かべた。
「何なのって、家主の立石さんと、同居の佐古さんと、アンタの上司の孫じゃない。池山さんは暇つぶしに来たとして、そういや岡本さんはなんで来たんだっけ?」
「俺は、明日腹の子の検診で休みだから申し送りに来たんだよ。そもそも有希子も今日は友人の結婚式だしな。帰りは迎えに行くから、もう少ししたら俺は帰るぞ」
「そうなんだ。そういやマタニティーでも格好いいドレスをこの前探してたっけ」
「おう。紹介して貰ったスタイリストが良い店に連れて行ってくれたみたいで、有希子が喜んでいたぞ」
「それは、お役に立てて何より」
 ほのぼのと会話を交わした後、本間は真顔に戻りひたと見返した。
「そんなわけで、危険ナッシング。これ以上安全な男たちっていないから」
「では、私は?私は貴方の何なのですか、奈津美さん!!」
 いつも余裕をもって斜め上から冷たく見下ろされ続けた片桐としては、見てはいけないものを見ている心地である。そしていい加減、話の先が読めてきた。
「篠原・・・。まさかと思うが、お前・・・」
 言い終わる前に、身を起こして同じく正座になった本間が平然と答えた
「だって、フォアグラって毎日食べたいモンじゃないのよね」
「・・・は?」
「フォアグラ?」
 篠原ばかりではなく、佐古を始めとした全員が首をかしげた。
「うん。だからね。私はどっちかというと、味噌汁なら毎日食べたい派なの」
「味噌汁?」
 本間の言いたいことが解らない。
「本間・・・。頼むからもう少し俺たちにも解るように説明してくれ」
「だからね、スペシャルご飯はそう頻繁にいらないかな~と」
「・・・スペシャルご飯?」
 ますます迷宮にはまり込む。
 鈍い男たちに業を煮やした本間は直球で行くことにした。
「だ・か・ら。篠原さんのセックスって、最高級フォアグラだったの!」
 爆弾発言に男たちはどよめく。
「最高級フォアグラ・・・って。いったいどんな・・・」
「つうか、篠原、お前、本間を食っちまったのか!!」
「いや、食われたのは秘書さんじゃねえの?」
「いやいや、むしろヤリ逃げだろ・・・」
「・・・本間・・・」
 外野のざわめきをよそに篠原はますます納得がいかないと主張する。
「最高級フォアグラ。それは讃辞ととってよろしいのですか?」
「ええそうよ。今までのカレシがいかに自分本位でへたくそだったか、よぉーく解りました」
「なら、何が気に入らないのですか?しつこかったと言うことですか?」
「ううん?新しい世界を見せてくれたって感じ?これ以上は望めないだろうってくらいプロのお仕事でした」
 直球のラリーに、立石は頭痛を感じる。
 ここは、ギャラリーだけでも撤収すべきではないか。
 しかし、池山を始め、全員固唾をのんで会話の行方を見守っている。
「なら・・・」
「ただ、私はそこまで極めなくて良いかなあ。あれは、もう一生に一度で良いというか・・・」
「一生に一度・・・。なら、レベルを下げたら頻度も上がるって事ですか?」
「レベル下げても、数年に一度?」
 篠原の必死の食い下がりにも、本間はけんもほろろである。
「オリンピックかよ・・・」
 岡本を始め、一部の男たちに同情の色が見えてくる。
「そもそもさあ」
 二人の背後から、ソファに寄りかかって見ていた佐古が尋ねた。
「なんで、そんなことになったの?なっちゃん」
「そういえば・・・」
 接点が思いつかない片桐が首をかしげる。
「ええとね。短大時代の元彼と元友人の結婚式へ出席したら、同じサークル仲閒ってことで、マエカレも来ていたの」
 ぶすっと口をとがらせて本間は答えた。
「マエカレ?モトカレ?」
「マエカレがこの間まで一緒に住んでたヤツで、モトカレはその一つ前に付き合ってたの。そんで、別れた後に当時仲閒だった子と付き合ってこのたびゴールインしたの」
「なんで、別れた女を結婚式に呼ぶんだよ・・・」
 岡本には理解不能だ。
「私はしらないわよ。サークルの同窓会みたいにするからって頼まれたら断れなくて」
「うわ、なんかそれってモトカレも未練たらたらっぽいな~」
 ゴシップも好物の池山がわくわくと食いつく。
「・・・なにそのビバヒル的人間関係は・・・」
 はああーっと佐古がため息をつく。
「ビバヒルって?」
 好奇心の抑えられない池山がテーブル越しに質問を投げる。
「むか~し流行ったビバリーヒルズを舞台にしたドラマで、フォークダンス的恋愛模様?仲間内でくっついたり離れたりをえんえんとやるんだよ。最近のドラマはどこもそんな感じだけどね」
「そんなもん見てたんだ、佐古・・・」
「養母が好きだったんだよ」
 これではいつまで経っても、話が進まない。
 仕方なく、立石が続きを促した。
「・・・それで?」
「義理は果たしたからとっとと撤収かけようと思ってロビーに出たら、前カレが追いかけてきて・・・」
「うん」


「お前、なんかやつれたな。やっぱり独り寝が寂しくて仕方ないだろ?」
 披露宴会場では芸能人が来たと言うことでひっきりなしに囲まれていたため、接触せずに済んで安堵していたというのに、わざわざご丁寧に追いかけてきたことに、本間はいらだちを隠せなかった。
「なにそれ」
 じっとにらみつけると、なぜか相手はやにさがる。
「そんなきっつい顔して。お前みたいな男好き、独りでいられるわけないじゃん」
「別に?今、サイコーに楽しいけど?」
 なんでどいつもこいつも絡んでくる。
 実は、式場では本間が同棲を解消したことが何故か広まっており、それを聞きつけたあまり馬の合わない知人たちから当てこすりを言われてうんざりしていたところであった。
「仕方ないからたまには相手してやっても良いぞ。俺もかなり忙しいからそうしょっちゅうってわけにはいかないけどな」
 この、下卑た男は誰。
 少し前までは共に暮らしていたはずで、その時はもう少し良い男に見えたが、それは幻だったのかもしれない。
 友人たちにしてもそうだ。
 学生時代はそれなりに楽しかったはずだが、卒業してそれぞれの道を歩んでいる間に、だんだんと環境も考えも、そして思い出すらも変っていくものなのだなと、少し感傷的な気分になった。
「悪いけど、男はもういるから」
 そう言い捨てて歩き出そうとしたら、片手を掴んできた。
「またまた。意地を張らずにさあ・・・」
 コイツ、殴って良いだろうか。
 式会場フロアのロビーはごった返していた。
 彼が芸能人であることに気が付いて、こっそり指さしたり、写真を撮ったりしている人がいるのを目の端で捕らえて舌打ちする。
 こんな男の巻き添えで週刊誌ネタにされるのはごめんだ。
 どうかわそうかと考えを巡らしている最中に、背後から声をかけられた。
「奈津美さん、お待たせしました」
 振り返ると、全身から煌びやかなオーラを放つ男が、端正な顔に完璧な笑みを浮かべて立っていた。
「・・・誰、この男」
 その威圧感に既に腰が引けているくせに、マエカレは果敢にも踏みとどまった。
「ええと・・・」
 篠原が、すっと優雅に寄り添った。
「おつきあいさせて頂いている、篠原と申します」
 ・・・出された助け船は、ありがたくお受けするのが礼儀だろう。


「助け船に乗ったのはわかるけど、なんでそのままベッドに行くんだよ」
 池山が椅子にまたがり、背もたれに顎を乗せて、全員の疑問を口にした。
「うーん。なんとなく?その場の雰囲気で?肩に手を回してそのままエレベーターに乗せられて、気が付いたら最上階の綺麗な部屋でワイン飲みながらなんか色々話してて。ああ眼鏡してないと、こんな顔なのね~とか眺めているうちに、こっちに来ませんか?って手を差し出されたから、はいって・・・」
 なんとなーく、手を取った。
「軽い・・・なんて軽いんだ・・・」
 岡本は頭を抱える。
「なっちゃん、知らない人について行っちゃ駄目じゃない。今回は無事で帰れたから良いものの・・・」
 背後からまた肩に手を回して、めっと、のぞき込んだ。
「いや、散歩中に拾い食いするなと教えとけよ・・・」
「いやいや、そんなに大切な猫なら室内飼いにすべきだろ・・・」
 そして、九州男児たちの無駄な突っ込みは止まらない。
 立石のため息をよそに、本間はぺろりと舌を出した。
「はあ~い」
「ん。良い子だね」
 頭をぐりぐりと撫でられて至極満足そうな様子に、篠原の目は嫉妬に燃えている。
 いつもの怜悧な美貌はすっかり影を潜めてしまった。
「でもさ、秘書さんが血相変えて追いかけてきたって事は、置き去りにしちゃったって事?」
 好奇心の塊は、なおも追求すると、二人同時に答えた。
「うーんとね・・・」
「そうです。まさしくその通りです」
 間髪入れずに篠原が悲愴な顔をして続けた。
「ほんのちょっと寝込んだ隙に、もぬけの殻だった時の衝撃ときたら・・・」
「ああ・・・。ねえ・・・」
 どうやら似た経験があるらしい立石が、胸のあたりを痛そうに押さえている。
「そもそもお前が寝込むなんて珍しいな。それに、なんでホテルにいたんだよ」
 頬杖をついたまま片桐が問う。
「それは、偶然別の披露宴へ代理で出席していたからです。前日にドバイから戻ってきたばかりだったので部屋を取ったら、長田のコネもあってたまたま最上階になったんです」
「ああ、なるほどね・・・」
 保坂は、なんだかんだと言って、運が良い。
 合コンで男に追いかけられた時は、自分たちがたまたま居合わせたなと思い出す。
「だけどお前、最初は俺の嫁にどうだって言っていたくせに、なんでこうなるんだよ」
「え?なっちゃん、片桐とそんな仲だったの?」
「いやいや、それはない。それはありえないから。あんな華麗すぎる一族、庶民の私には到底無理。それに、ハルちゃん押しのけるなんて私には出来ないわあ」
 首を振る本間のさらなる爆弾発言に、片桐の顔から値が引く。
「・・・ハルちゃん?」
 首をひねる篠原に、慌てて話を繋いでごまかした。
「嫁でなくても、秘書チームにスカウトしたいって言っていたのも、食っちまったら水の泡って言うか無効になっちまったじゃないか」
「本間、なにげに凄いな・・・。財閥夫人もしくは運営チームにスカウトかよ、この不景気に」
 男たちのどよめきをよそに、本間は唇をとがらせる。
「えー、なにそれ。私、TENでゆるーく働いている方が良い~」
「私も奈津美さんとお話ししていて、秘書にも結婚もその気が全くないことはなんとなく解りましたので、なら、遠慮せずとも良いかと思って・・・」
「そ。かるーく誘ってきたから、かるーく応じたの」
「いや、かるーく、というわけは・・・」
「軽かったわよ。なんならやってみませんか?ていうから、じゃあやりましょうってこっちも応じたんじゃない」
「それは、雰囲気的に幅を持たせたのであって・・・。いえ、それはそうかもしれません。しかしそうだとしても、私がすぐに本気になった事くらい、あなたならとうにお見通しでしょう」
「・・・なんかやけに生々しい話になってきたな・・・」
 いつまでも観覧し続けて良いものか、さすがの片桐も気が引けてくる。
「だから、これはまずいと思ったから早期撤収したんじゃない!!お風呂にも入れずに!!」
「・・・あ、それで朝風呂」
 ぽそっと池山が呟く。
「せっかく広い浴室だったのだから、遠慮無く入れば良かったのに・・・」
 ついでに多岐にわたる邪な思惑が篠原の全身から漏れ出ていて、ああそりゃだめだろうと立石は同情の目を向けた。
「だって、ゆっくり風呂なんかに浸かってたら、起こしちゃうかもしれないじゃない。そんなリスクは負えないわ」
「ひど・・・」
 岡本も一人の男として、満身創痍の篠原に同情の目を向ける。
 「でも、これは詐欺です。ちょっとお休みしようよって物凄く可愛い顔してキスしてくれたから、それを信じて起きたら何しようかと楽しみに胸を躍らせながら眠りに落ちたってのに、伝言一つ残さず消えるだなんて!!」
 事の顛末を聞けば聞くほど、一同の哀れみの目が篠原に集中する。
「アンタ、私にいったい何する気だったのよ?」
 それにも動じない本間は腕を組んでねめつける。
「まあ、いろいろ・・・」
 少し正気に戻った篠原は、恥ずかしげにそっと下を向いた。
「そりゃ、色々したいよな、初めての日はさ・・・」
 それが例え、事故のような始まりだったとしても。
 こうなるともはや、涙なしには語れない。
「篠原も意外に抜けてるんだな。最初に服をランドリーに預けてしまえば、逃げられなかったのに」
 つい、ぽろりと片桐が本音を漏らすと、すかさず突っ込みが入った。
「そうだったんだ。あの時のアレ、ハルちゃんの服を取り上げて籠もったのね・・・」
「い、いや、それはな・・・」
「うっわー。片桐さんって実はけっこうムッツリで策略家なの?」
「・・・男はな、誰でもそうなんだよ・・・」
「いやーん、ハルちゃんに今度詳しく聞きたい~」
「おい、お前・・・」
 二人が漫才を始めたところで、すっかり意気消沈の篠原が暗く律儀に答える。
「・・・そうですね。最初に風呂に入って頂くべきでした。でも、まさか置いていかれるとは露ほども思わなかったので・・・」
「ああ・・・。みるからに入れ食いだものね。ならなおさら私一人くらい・・・」
「いいえ」
 きっぱりと篠原は顔を上げ、本間の両手を握った。
「確かに色々な人のお相手をしましたが、あなたほど相性の良い人はいませんでした」
 姿勢を正し、目に力を入れて口説きに入る。
「なんか、随分サイテーなコト言ってる気が・・・」
「あなたは、私の運命の人です」
 一瞬、しんと静まりかえる。
「・・・そうきたか」
 片桐が深いため息をついた。
「これって、あれ?『危険な情事』?」
「ああ、一晩のお楽しみがストーカーになる話があったよな。あれも運命の人ですって感じじゃなかったっけ」
「あの映画は怖いよねえ。ペットの兎をスープに突っ込まれるんだよね」
「いや、本間は別に既婚者でもなんでもないし・・・」
 全員口々に言いたい放題である。
「そもそも、セックスの相性で運命が決まるなら、俺と生って、絶対伴侶ってことになるじゃん」
「・・・池山。それはいったい・・・」
 ここで、立石が正気を失う。
「・・・って、江口は?あいつは違うわけ?」
「単純に技術と相性はそれこそ最高級フォアグラが生、愛情たっぷり地道な味噌汁が江口?ああそうか、そういうことか!」
「は?」
「そういや生も言ってたけど、毎日やり続けたら確実に死ぬもんなあ、あんなの」
「池山、もうちっとデリカシーってもんをわきまえねえか・・・」
 岡本があきれ顔でいさめるが、池山はどこ吹く風、立石は独りで心の中の深い穴に閉じこもってしまった。
「・・・俺だったら、ぜんっぜん構わないのに・・・」
「おい・・・。立石」
「徹もさあ。時々、すんごい馬鹿になるよね・・・」
「もしかしてここも、モトカレに今カレ?」
「いや、今カレですらないらしい・・・」
 池山のせいで場外に話が飛んで行った。
 そんななか、黙って手を握らせていた本間が眉間にしわを寄せて黙り込む。
「・・・奈津美さん?」
「うーん」
「どうしました?」
「やっぱりムリ」
「どうして!!」
 ばっさり切り捨てられて、篠原が取りすがった。
「手、握っても、何も感じないもの」
「はい?」
「ときめかないってことは、ご縁がなかったって事だと思うの」
「ち、ちょっと待って下さい、私はものすごくときめきますけど!!」
「それはありがとう。でも、私の方はさっぱりなのよねえ」
「はいはーい、なっちゃん、俺は?俺の手握ったら何感じるの?」
 佐古が割り込んで、本間の手を攫う。
 すると、しばらくじっと考え込んだ本間はにこりと笑いかけた。
「ふわふわと、温かい気持ちになる、かな」
「ご神託かよ・・・」
 外野はあきれかえる。
「そんなもんが基準なのか、本間・・・」
「そういや、この間そんなこと言ってたっけ・・・」

 大丈夫。
 きっと、手をつないでいるだけでも幸せな気分になっちゃうような人に出会えるから。

 佐古は思わずほほえむ。

「俺も、なっちゃんの手を握ると、暖かくなるかな!」
「・・・猫でも同じだと思うぞ・・・」
 またもや話が脱線していく中、篠原は、気を取り直してもう一度本間の手を握った。

「わかりました、奈津美さん。ここはいったん私が引きます」
「はい。そうしてくれると助かります」
 その一言に本間がほっと肩から力を抜いたところで、篠原は端正な顔を近づけて囁いた。
「でも、奈津美さん」
「はい?」
「スペシャルご飯も、毎日食べ続ければ、いつものご飯です」
「は?」
 篠原は、最後の最後まで真剣だった。
 あっけにとられている間に、うっかり唇を盗まれた。

「なに図にのってんの、アンタ!!」

 素早く、本間の渾身の一撃が篠原の腹にクリーンヒットした。
 それをまともに受けたにもかかわらず、篠原はどこか幸せそうな顔をしている。

「毎日続けりゃ、いつものご飯か・・・」
 いつまでも続く攻防に、いささかうんざりしてきた片桐がすっかり冷めたコーヒーに口をつけた。
「・・・身体に悪そうだよな・・・」
 ぼそっとした岡本の呟きがパソコン画面に落ちる。
「仕事しよ、仕事」



           -おしまい-



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