『恋の呪文』-2-(『楽園』シリーズ) 

2010, 04. 25 (Sun) 21:51

今日は久しぶりにちょっと遠方へ外出したので疲れ気味。
なぜなら、電車に乗っている間ずーっと窓に張り付いて風景を眺めていたから。
北九州地方は藤とハナミズキが咲いています。
田畑では麦が青々と風にそよぎ、見間違いでなければ蓮華の花もちらほらと。
とても良い天気でした。

ちょっと短めですが、続きを行きます。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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  『恋の呪文-2-』


 かちゃ、かちゃん。
 陶器の触れ合う音で、目が覚めた。
 ふわり。
 コーヒーの香りが、微かに池山の鼻をくすぐる。
 ・・・うまそうな食物の匂いも一緒に。
「んーっ」
 両腕を思いっきり天井に向かって伸ばしてひと伸びし、池山は布団から起き上がる。
 障子を通して差し込む朝日は、やんわりとしていて心地よい。
 壁に目を向けるとスーツはきちんとハンガーにかけて吊るしてあり、自分はシャツとパンツ一枚で布団にほうり込まれたことを知った。
 枕元に置いてあったジーンズとシャツに着替えると、軽いストレッチをして部屋を出る。
「立石ーっ。俺の分も、あったりするかぁー?」
 ひたひたと冷たいフローリングを歩いて、ダイニングキッチンへと向かった。
「・・・もしかして、お前、腹減ってんのか?」
 ペーパーフィルターへ湯を落とす手を止めて、相変わらず頑丈な奴、とあきれ顔でこの部屋の家主である立石が振り返る。
「おう。育ち盛りだからなっ」
「馬鹿野郎。二十七の育ち盛りがどこにいる」
 文句を言いながらも、立石は池山の前にトーストしたてのパンと半熟の目玉焼きを手早く並べた。
「俺、また、つぶれたんだなぁ」
 がぶり、と大きく口を開けて、バターを塗ったトーストにかぶりつく。
「・・・やっぱ、美代子と別れたの、心のどこかで傷になってたわけかぁ?」
「お前、また、別れたのか?」
「うん。見合い話が固まりつつあるって言うからさぁ、きりがいいじゃん」
「そういうもんか?」
「ああ。おりゃ、面倒事は嫌いだ」
「面倒事ねぇ・・・」
 コーヒーの入ったマグカップを二つテーブルに置いて、一人ごちる。
「女と別れたやけ酒で男を押し倒してんじゃあ、信じられんなぁ。そのせりふ」
 一口含んだ牛乳を、池山はぶっと勢い良く吹き出した。
「・・・まだ、酒が抜けてなかったか?」
 立石は一瞬眉間にしわを寄せて、テーブルを布巾でてきぱきと拭き清める。
「わっ、ごめんっ。俺が拭くからっ・・・じゃなくって、立石っ」
「ん?」
 きちんと布巾を洗い終えた後、何事もなかったかのように椅子に静かに腰を下ろし、ゆるりとマグカップを口に運びながら、立石は答える。
 微かに伏せた深い茶色の瞳は、緩やかに立つコーヒーの白い湯気を見つめていた。
 その表情と落ち着き払った態度には、某インスタントコーヒーメーカーのCMに出てもおかしくない落ち着きと、優雅さが漂っていた。
 こいつの、この、何にも動じないじじむささが嫌いなんだよっ。
 正体なくした自分を介抱して家まで連れ帰ってくれ、きちんと布団に運んで衣服の始末までしてもらい、更には彼の手料理の八割がたを胃の中に納めておきながら、池山はあさってに向かって悪態をつく。
「俺、また、お前・・・とかに、何かしたわけ?」
 営業部金融課所属の池山和基と、システム開発部金融一課所属の技術者である立石徹は同期である上に仕事の関わりが深いせいか、同じ飲み事に揃って顔を出すことが多かった。池山は浴びるほど酒を呑んで周囲を盛り上げ、立石は同じだけ呑んでいながら、最後は必ずつぶれた者の介抱をする。
 そんな二人に周囲が面白がって付けたあだ名が、『うわばみ兄弟』。
 最近では、彼らがいなければ宴会は始まらないとさえ言われている。
 それとは別に、池山は立石にもう一つのあだ名をこっそり付けていた。
 題して『俺様専用ボイスレコーダー』。
 飛行機事故などで事故原因究明の重要な鍵となる、あの、記録装置である。
 酒の勢いに任せて何か恥ずべき行いをしていないかどうかを知るには、立石に尋ねるのが一番だ。
 なぜなら彼は無理に場を盛り上げたりしない代わりに、酒で意識や記憶を失ったりは絶対しないからだ。
 『分からないことや知りたいことがあったら、恥ずかしがらずに周りの人に尋ねなさい』
 小学校の先生は、いつもそうおっしゃっていたではないか?
「そうだな・・・俺に、じゃあないんだがな・・・」
 温厚といわれる立石には珍しく意地悪げな笑いが口元に浮ぶ。
 いつもいつも介抱してさし上げていると言うのに、目の前の男は感謝の言葉を口にすることなく、まるでここの家主は自分であるかのようなくつろぎっぷりである。
 ここ数年の付き合いでいい加減慣れたとはいえ、少しはちくりと針を刺してみたいものだ。
「え?」
「今回の被害者は、うちの江口だ」
 池山の頭の中を、技術者にあるまじき大柄な新人の顔がふとよぎった。
「江口って、あの、有望株とか言う?」
「ああ」
 今回は、あいつ一人で良かったなぁ。と、慰めにもならない言葉を立石は楽しそうに呟く。
「で、そいつに、何したわけ?」
「いきなり押さえこんで、無理矢理ディープなキスしてた」
「げげっ。またやったかー」
 げっそり肩を落しながらも『あのばかでかい身体を押し倒すなんて、俺様って、やっぱり凄いかもしれない』と、池山は心の中で秘かに感心した。
「お前、スッポンのように食いついたまま離れなくって、ひっぺがすのに難儀したぞ」
「ありゃー」
 池山は口元に手を当てる。
「ばりっばりのやつ、かましたかも・・・」
 自慢するつもりはさらさらないが、キスに関しては多少の自信があった。
 ただし、女を対象とした場合、なのだが。 あくまでも。
「やっちまったもんは、しょーがねーなー」
「・・・他に言うことはないのか」
「わははははっ」
「笑ってごまかすんじゃない」
 立石は、大きなため息をついた。
 いくら顔が芸能人ばりにずば抜けて良いとはいえ、こんな無責任男が社内一女にもてるんだから、世の中は解らないものである。
「きちんと謝っとけよ。相当ショックを受けてたみたいだからな」
「うん、わかった。月曜に会った時にでもそうするわぁ」
 幸せそうに食後のコーヒーをすすりながら答える。
「俺、生粋の営業だもん。謝るのは得意中の得意さね」
 酒の席での悪ふざけだ。
 謝れば、笑って許してくれるのが常識というものではないか?
 普通の、世間一般の、社会人の間で、ならば。
 ・・・はたして、本当に?
「まあ、謝るだけで丸く納まるなら、別にいいがな・・・」
 マグカップを軽く揺すってコーヒーの波を眺めながら、立石はぽつりと呟いた。



 『恋の呪文-3-』へ続く。




では、明日をお楽しみに…。





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