『すいかずら』 

2010, 04. 09 (Fri) 19:59

まずは、昭和初期モノから。
手持ちの、すでに公開したものからここに載せようと思います。

時代は昭和初期、舞台は関西地方、第一世界大戦と第二次世界大戦の間・・・と思ってください。

ちなみに、私は九州女なので、本当の関西方面の方が読んだら「なんだよ、このエセ関西弁は」と思われることでしょう
けれど、そのへんは・・・笑って許してくださると、いや、間違っている部分を指摘してくださるとうれしいです。
では、読んでもいいなと思われる方は下をお願いします。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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「すいかずら」

 ・・・花の香りがした。
 海風をゆったりと包むように、闇にしみ込むように。
 
「あれはなんや?」
 雄三は通りの向こうを歩く青年を顎でしゃくる。
 身長は低いほうでない。
 ただ、真っすぐに伸びた背と昼の光に照らされて白く光る肌の色が、雑多な浜辺町に 不似合いにぽつんと浮かび上がる。
「ああ、旅芸人の一座んとこの女形や。化粧しとらんでも別嬪やな。確か…ほたる、と言ったか…」
 一升瓶片手に一緒にたむろっている仲間たちが口々に話しだす。
「旅芸人?そんなもんがきとったんか」
「神社んとこでテントはってるで。けっこうお姉ちゃん達も若くて綺麗や」
 ま、あの兄ちゃんには誰もかなわへんけどな、と年嵩の男が煙管から口を離して煙を吐き出し た。
「雄ちゃんも行ってみたらええ。化粧してきれいな着物着て舞台に上がったら、ぱあーっと花が 咲いたみたいや」
 やくざ者達の不躾な視線などまるで気付いていないのか、しばらく通りを物珍しげに右に左に 眺めてのんびりと歩いていた青年は、やっと心を決めたらしく、一軒の映画館に足を向ける。
 入り口で切符売りに小銭を差し出す腕はすんなりと優雅に細くて、まるで鶴の首みたいやと雄三は思った。 

「また来たんか・・・」
 その青年を映画館の辺りで見かけるのはこれで三日だった。旅の一座がこの町にやってきてまだ一週間も経っていない。つまり日の大半を、映画を見て過ごしているのだと雄三は気が付いた。
 細い背中が映画館の入り口に吸い寄せられて消えていくのを見届けて、雄三は後につづく。
 演目はなんと恋愛物だった。
 お涙ちょうだいの展開など甘ったるくて見ていられるかと、公言していた雄三だが、観念して黒いカーテンの下をくぐる。
 映画は既に始まっていた。
 スクリーンに映しだされる映像の薄明かりを頼りに勘客席を見回す。
 広い映画館のなかは八割がた埋まっていたが、やや後の通路側の席にひっそりと収まる青 年の小さな頭はすぐに雄三の目に止まった。
 両手をポケットにつっこんで隣に立ってみるとすぐに、青年は静かに一つ奥へ席をつめた。
 どすんと乱暴に座席に腰を降ろした雄三に首をわずかに傾けて会釈した後、青年の瞳はスク リーンから離れることはなかった。
 雄三は足を組み、背もたれに深く背を預けたややずり下がった姿勢でスクリーンを眺めるふりをしながら斜め下から青年を盗み見る。
 膝の上で組み合わせている指はやせぎすで骨が浮き出ていたが、先細りの優雅な形をしている。ゆっくり呼吸にあわせて上下する薄くて平らな胸。そして顎をやや差し出した形でスクリーンを仰ぎ見る頭をささえる長い首には、たおやかな姿に似合わぬ 程はっきりした喉仏が出ていた。
 どこからどこを見てもその体はまごうかたなき男の物だった。
「舞台を見た時は、天女が降りて来たて思ったんやけどなぁ・・・」
 こっそりひとりごちながらも、雄三の目は隣へと引き寄せられる。
 スクリーンのちかちかとした光を浴びるその横顔は、生き生きと輝いているようでもあり、どこかひっそりと寂しげでもあった。
 やがて休憩時間になり、照明がつくと同時に客席に和やかに騒めきだした。
 青年は目を閉じて背もたれに背を預け、ふうーっと満足気にため息をついた後、ふいに雄三に 目を向けてにっこりと笑った。
「こんにちは」
「お、おう」
 うろたえる自分に腹を立てながら、雄三は肘掛に肘をつく。
「・・・にいちゃん、旅の役者やろ。昨日、芝居見たわ」
「それはおおきに。まだまだ演目はいっぱいあるので、また見にきていただけると嬉しいです」
 舞台あいさつで見た笑みと寸分違わぬ顔から目をそらして雄三はぽつりと言った。
「・・・にいちゃん、言葉が少し変やな。こっちの生まれやないんか?」
「生まれは尼崎だけど、ぼくらの仕事は風まかせでどこへでも行くから、勝手にどこかの言葉に 馴染んでしまってわけ解らなくなってしまうのかもしれません」
 関東弁交じりの関西なまりにむずがゆさを感じた雄三は頬を掻く。
「・・・タメで口きいてくれんか。なんや痒くてかなわん」
 薄い唇をへの字に曲げる雄三に、青年はぷっと吹き出した。
「おおきに。そやったら、遠慮なく」
 晴れ晴れと笑う青年の顔は、確かにぱあっと花が咲いたようだった。
「ぼく、古川蛍一って言います。お兄さんは?」
「・・・お前は「ほたる」やなかったんか?」
 また、細い指先を唇にあてて噴き出す。
「いややわ、源氏名に決きまっとるでしょう?女形やし、旅芸人なんて大層な名前つけても仕方ないもん」
 けいいち、が蛍に一と書くと宙にゆっくりと人差指で描いて見せた。
「それもそうか・・・」
 気を取り直して雄三は胸をそらした。
「俺は坂本雄三、いうんや。名前で呼んでや」
「雄三さんか、かっこいい名前やね」
 ありきたりの言葉も蛍一の口から出ると、不思議と温かさを感じる。
「なあ、女形やって長いんか?」
 そう言いながら、夕べの舞台を思い出す。
 蛍一が現れた瞬間、音曲も、観客の声も全く聞こえなくなり、赤い牡丹の花がひらひらと舞 いつづけたように思えた。
「うん。小さい時にお母さんの真似をしてみせたら大人が喜んで、なら二人で舞おうかということになって、それからずっと・・・」
「ふうん。そやけど夕べは一人でやっとったな。いつ一緒にやるんや?」
 雄三の言葉に、蛍一は寂しそうにゆっくりと頭を振る。
「今、お母さんは体壊して尼崎の親戚に預けてる・・・」
 花がしおしおとしおれるさまに、雄三は少し慌てた。
「映画が好きか?」
 濡れたように黒くて大きな瞳がじっと見上げる。
「うん。好きや」
 長いまつげがゆっくり瞬く。
「よっぽど好きなんやな。実はあんたを映画館でみかけるんはこれで三度目や」
 一瞬目を見開いた後、蛍一は少し肩を竦めた。
「・・・おひねりの中からちょっとだけやから、見逃してな」
 清潔ではあるが粗末な身なりに、仕送りの他はほとんど映画につぎ込んでいるのかと想像する。
「ここはええ町やね。活気があって、子供たちは生き生きしてるし、大人もいい人ばかりや」
 やんわり目を細めて、わざと媚びたように笑った。
「映画館もぎょうさんあるしな」
「うん」
 少しずつ打ち解ける気配に雄三の胸は少し高鳴る。
「映画ばっか見て、仕事はせんでいいのか?」
「お芝居は日に一度やし、ここでは夜のお座敷に呼ばれるんはお姉さんたちだけでええみたいや から」
 ここの町でぼくは用なしみたいやと当たり前のようにさらりと笑う。
「今度の吉日に結婚する家のおよばれがあるから、そこに出たらもうここでの仕事はおしまいや。それまでは、よろしゅうに・・・」
 おどけて優雅な仕草で頭を下げられて、雄三は言葉に詰まる。
 この青年は今までこういう風に人に会って別れて、町から町へと移っていたのかという寂しい気持ちと、自分とも別れることが当たり前な口振りに少し傷ついた。
「・・・ほんとは見たい映画があったんやけど、この町でもやってへんみたいで残念やったわ」
 雄三の胸中を知ってか知らずか、蛍一は言葉をつなぐ。
「大好きやのに、いつも縁がないんや。まるで蜃気楼追っかけてるみたいやなあ」
「・・・なんて映画や」
 こっそりと秘密を打ち明けるように、口元を雄三の耳の側に寄せて低くささやいた。
「『次郎物語』、っていうんや。苦しくて、悲しい映画なんやけど好きや。いつか、見てみてな」
「「そんなに好きか」
 ふりむいて問うと長いまつげをゆっくりしばたかせて静かに肯く。
「ほんまに、いい映画なんや・・・」
 呟きがひそりと二人の間に落ちた。

 映画館のある界隈でかなり派手なやくざの縄張り争いがあったと旅の一座の耳にも届いたのは、大安吉日の、この町で最後の仕事の日だった。
「・・・用はすんだか」
 舞を終えて、衣装を着替える間もなく仲間に裏口へと連れ出された蛍一は目を丸くする。
 目の前には先程の噂の張本人が顔や体のあちこちに切傷や痣をちりばめて立っていた。重傷人も出たと聞いていたが、この男はいつものように大きな瞳をぎょろりとさせながら自分を見据えている。
 蛍一は、ほうと息をついた。
「・・・ご挨拶がまだや」
 島田に結った鬘と簪がのった頭を重たげに傾げて細い指先でうなじの汗をゆっくりと拭うさま を、やや口を半開きにしてしばらく雄三は見惚れた。
「・・・なら、もう仕事は終わりやな」
 ふいに背を向け雄三が歩きだす。
 藤紫の花緒の下駄をからから言わせて蛍一は慌てて跡を追った。
「なんやの?雄三さん」
 追いすがって掴んだ袖をぱっと雄三が降り払う。そして、驚いて肩を竦めた蛍一の指先を手に取りゆっくり街頭の光にかざして爪の一つ一つを確かめるかのようにじっと眺めた。
「・・・どうかしたん?」
 不審げな声色に我にかえると、決まり悪げに肩をいからせ、眉間にしわを寄せて、またずかずかと歩きだした。
 雄三が指をしっかり握ったままはなさないので、自然と蛍一は引きずられるようにしてつまずき、つまずき歩く。
「ぼく、仕事着のままなんやけど・・・」
 ちょっぴり口を尖らせた呟きに、雄三の背中がわずかに揺れた。
「・・・どうせ暗いんや。わからへん」
 そして、少しだけ歩調がゆるむ。
 蛍一はふわりと口元に笑みを作った。
 浜の方から吹いてきた暖かな風が二人を包む。
「もう少しはよ歩けや」
「いやや」
 きっぱりした物言いに、雄三が肩ごしにまるで歌舞伎の悪役のようにぎろりと睨んだ。
「だって、この下駄、おろしたてなんよ。花緒のとこが痛いんや」
 ちらりと蛍一は着物をたくしあげる。
「・・・我慢せい。男やろ」
 角張った雄三の肩が更に上がり、歩幅も更に大股になってしまった。
「なら、下駄をかえっこするか?きっと雄三さんも我慢できひんよ」
「ヤクザが女もんの下駄を履けるか、このどあほ」
 ぽつんぽつんとまどおに照らす街灯の下を、からころからころと二つの下駄の音が重なるよう に高く低く響いた。
「なあなあ、雄三さん・・・」
 月は山の端をようよう昇ったところでやんわりと光っている。
「うるさい奴やな、おのれは・・・」
 握り込まれていた指がゆっくり絡んでいった。
 角張った大柄な影がすらりと華奢な影を引いて、するすると道を滑っていく。
「すいかずらの香りがする・・・」
「ん?」
 雄三が先を促すと、蛍一は嬉しそうにきゅっと指先に力をこめる。
「忍ぶ冬、って書くんや。昼間から咲いている花なんやけど、夜は静かな分だけ香りがはっきり するような気がするなぁ」
 低いゆっくりした口調は、まるで唄でも歌っているようだった。
「もう、夏が来るんやね・・・」
 
「ここや」
 もくもくと手を引いて辿り着いたのは、蛍一が雄三と初めて逢った映画館の裏口だった。
「ゆうべからここは俺らの組のシマになった。そしたら、オヤっさんがこの映画館を好きにして ええと言ってくれたんや」
 懐から鍵を取り出して戸を開ける。
「ここの技師が酔い酔いのじじいでな。目も悪うなってつなぎもうまくいかんと、映画がよう途切れる。若いもんを入れんと客も来んくなるやろうという話になってな」
 小さな部屋にどんと鎮座している映写機をばんと叩いて蛍一を見すえた。
「お前、やってみんか?」
 蛍一はぽかんと紅を差した口を開けた。
「雄三さん・・・。そんな、技師は簡単にできるものやない、ぼくには無理や」
「そんなことあるか。老いぼれにもできる仕事や。慣れんうちは難儀するかもしれんができるにきまっとるやろ」
「でも・・・」
 着物の袖を握り締めてうろうろと身をもむ蛍一に言葉を重ねる。
「・・・お袋さんはこっちに呼んだらええ。それ位の給料は弾むから」
 暖かな口調に驚いて大きな目を更に見開いた。
「お前、映画好きなんやろ?」
「うん・・・」
 こっくりと蛍一は肯く。
「少ないおひねり、ほとんどつぎこんでしまうくらい好きなんやろ?」
「うん、好きや」
「そしたら、ここで働いたらええ」
 雄三は腰に手を当てて胸を反らして自信たっぷりに笑った。
 断るはずがないだろうと、瞳はぎょろりぎょろりと語っている。
「『次郎物語』な。今度取り寄せたるから。見たいんやろ?」
 まるで、ぐずって動かぬ子供に飴を与えるような言葉に蛍一はふわりと笑った。
「・・・うん、見たい」
 豆電球の光にあたって鈍く光る黒い映写機におそるおそる両手を伸ばし、ゆっくりとドラム に頬をあてる。
「ほんとに、ぼくでええの?」
「お前のほかに、誰がおるんや」
 やや上ずった雄三の口調に蛍一は目を閉じた。
「・・・ありがとう」

 狭い映写室の中にしんと花の香りが広がる。
 すいかずらの二対の白い花がぽとりと床に落ちた。



 - おわり -










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