『ずっと、ずっと甘い口唇』-31-(『楽園』シリーズ) 

2012, 07. 26 (Thu) 19:51

 ちょっと、今日掲載しようと思った場所までたどりついいないのですが、できあがった部分だけ更新します。
 もしかしたら深夜、それか翌朝に後半追加します。
 長くなるようでしたら、32話にするかも。

 とにかく更新。

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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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 『ずっと、ずっと甘い口唇-31-』



「美咲、解った。よくわかったから落ち着いて」
 肩をしたたかに打ち付けて、痛みに顔をしかめながらむき出しの膝を叩いた。
 目の端には、娘の乱れぶりにさすがの父も驚き、口を半開きにしているのが映った。
「おまえ、お義父さんがびっくりしてるぞ」
 なだめすかしても、スーツ姿で乗り上げたまま頑として降りようとしなかった。
「そんなの、どうでもいい。結婚して、啓介。私にはあなたしかいないの」
 必死の口説き文句のどこにも、愛情はひとかけらも見当たらない。
 ただ、執着と意地だけがそこにある。
「・・・それは、立石に振られたから?」
「え・・・?」
 さっと顔をこわばらせる。
「なにそれ・・・」
「2週間前、立石の所に行っただろ。食材たくさん買い込んで」
 仰向けになったまま、片桐は冷めた目で見上げた。
「な、なんなのよ。あいつらから何を聞いたか知らないけど、啓介はあんなホモの言うことを真に受けるの?きもちわ・・・」
「みさき」
 今まで聞いたことのない低い声に、言葉を止めた。
 彼の目は、こんなに鋭かっただろうか?
 戸惑いと恐れが身体を硬直させた。
「何があったか知らないが、俺の友人を侮辱するのだけはやめろ」
 肘をついて起き上がり、その身体を押しやる。
「今すぐ俺の上からどけ」
 きんと、座敷の中の空気が凍る。
 ふらふらと後ずさった。
「そして、もういっぺん席に戻れ」
 そういえば、彼が本気で怒るところを見たことがなかった。
 代官山のカフェで一方的に破談をわめいてみせた時でさえ、彼は弱り切った顔をするだけで、けっして声を荒げることがなかった。
 だから、侮っていた。
 彼はいつでも自分の言いなりになるのだと。
 腰を下ろすと、すぐに片桐はもう一方の茶封筒を取り出した。
「あの前日、俺を含めて何人かで立石の家で明け方まで飲んでいたんだ。だからお前が訪ねてきた時、立石は独りじゃなかった。ただし俺は二日酔いで昼過ぎまで熟睡していたから、玄関先で何が起きているかなんて、今日まで知らなかったけどな」
 今日まで?
 顔を見合わせる親子の前に、数枚の写真を並べた。
「ここまで出すのは、なるべく避けたかったけど・・・」
 言葉を尽くしても引き下がらないなら、仕方なかった。
 そこには、有名デパートの地下で食材を買い込む美咲の姿と、立石のマンションを訪ねる姿、廊下で話し込む姿、佐古にタクシーに押し込まれる姿などが鮮明に映し出され、日付も時刻も明確に記されていた。
「美咲、立石が独りだと思って、手料理でも食べさせようと思ったんだろ?でも、あいつらは俺がリビングのソファに寝っ転がっているから扉を開けるわけにいかなくて、廊下でなんとか追い返そうとしたんだな」
「・・・!」
 そういえば、訪ねていくと立石は扉の前に立ちはだかるようにして待っていた。
 いや、それよりも、問題は。
「何故、こんな写真が・・・」
 父が、ぽつりと娘の胸中を代弁した。
「大変失礼ですが、長田の祖父が手配した者たちが、ずっとあなた方に付いていました」
 更に他の写真の束を取り出して、ぽん、と置く。
「えっ?」
 慌てて二人がそれらを手に取ると、瀬川親子三人の色々な場面が出てきた。
 見れば見るほど、身体から血の気が引いていった。
「まず切っ掛けとしては、お義母さんがうちの母に婚約解消の旨の電話をされた時に、詩織が居合わせたことです」
 片桐の年収が予想よりずっと低いこと、実家が片田舎であることなどを知って以来、この縁談に対する意欲を失っていた義母は、美咲が解消を決断したと知った途端、小躍りし、素早く行動に移した。
 まずは、結婚式関係の予約のキャンセル。その時には必ず新郎側に問題があることが解り・・・と言い添えた。
 近所にも同様に触れて回り、同情を買う。
 次に、九州の片桐家へ連絡。
 結納はしていないが、本来ならば一方的に突然婚約破棄した瀬川家が責めを負い、何らかの慰謝料を払うべき所だったが、払わないでよいものは払わないで済ませたいし、何よりこちらに非があるとなれば今後の縁談に響く。
 電話に出たのが穏やかな性質の母だったのを良いことに反論の隙を与えないよう一方的に片桐家の悪口をまくしたて、娘はいたく傷ついて寝込んでいるから責任とれとまで言いはなった。
 これを、異変に気づいた詩織が別室の電話機でそれを聞き、密かに録音して秘書経由で祖父に転送した。
 高校生の詩織にとって、大好きな兄が罵倒されること、愛着のあるこの地域や人々、そして両親を否定されることは我慢ならなかった。
 そもそも、初めて会った時から婚約者に対してあまり好感が持てなかったこともあり、行動に移すことに迷いはなかった。
 そして、駆け落ちしたとはいえ、今でも大切な末娘をどこの馬の骨ともしれない専業主婦に罵られたことは、祖父のプライドを傷つけ、怒りを大いに買った。
 すぐさま、婚約解消の真相を探るために人をやり、さらにその後彼らの行動を逐一報告させた。
 そんなこととはつゆ知らず、暢気にも美咲は立石に迫り、夫婦は仲人に一筆書かせようと家を訪ね、啓介の素性を知った途端、興信所に駆け込んだ。
 まずは、吉田氏の言ったことの真偽の確認。そして啓介が長田家の一員に加わった場合、どのくらいの財産が転がり込むかを知るために。
「普通、そんな短期間で長田系列の財産の明細なんて上がってきません。お手元にあるのは秘書が適当に作成して興信所に回したものです。個人宅の手元に正確な財産目録なんか提出した日には、その事務所は確実に潰されますね」
 政財界の陰の重鎮である祖父と、いまやその要と言っても良い伯父や従兄たちの所有財産は国家機密にも匹敵する。
 それをおいそれと流すわけには行かないのは当然だろう。
「全く嘘とは言いませんが、ごくごく一部を抜粋して、貴方たちがどう出るかを祖父は試したんです」
 すると、まんまと引っかかった。
 あまりにもわかりやすいほどに。
「俺の言うことが信用できないなら、別室に祖父の秘書の一人が控えていますので会いますか?ここを予約したことも当然把握していましたから、今日はこの料亭に俺たち以外の客はいません」
 つまりは、丸々貸切っていたと言うことで。
 二人の背中を冷や汗がどんどん伝っていった。
「これ以上誤解の無いように言っておきますが、駆け落ちした時点で母は勘当の身だったので、片桐の家に経済的援助は一銭たりともありません。だから俺の大学時代は極貧で、アルバイト三昧でした。しかも祖父の縁談を蹴って美咲を選んだ時点で、俺も勘当扱いだと申し渡されています」
「うそ・・・。それならなんで・・・」
 このような事態になっているのか。
「結婚式に長田側が出席しないというのは、そういうスタンスの表明だったんです」
 生まれてくる子供に罪はないから、まったくの没交渉にはしないが、経済的なつながりは一切期待しないこと。
 両親の結婚に目を瞑ると決定した時に親族間でそう決めた。
 そのことはいずれ話すつもりだった。
「今回これほど干渉してきたのには、俺があまりにも頼りないからでしょう。実際、秘書が知らせてくるまで何も知らなかったわけですし。きっと後で祖父には大目玉を食らいます」
 ふと、そこで思い出したことがあり、片桐は付け加えた。
「そういえば、七歳の誕生日の時に、祖父が訓示を垂れたのですが・・・」
「な、なにかね?」
 もはや、啓介の口から出てくる言葉は爆弾でしかなく、瀬川吾郎の胸は破裂しそうだった。
「『土下座を、好む者にも使う者にもなるな、そしてそれを信用するな』と言われました。当時の俺はあっけにとられて口を開けているだけだったそうですが・・・・」
 ゆったりとと口元だけ笑みを作る。
「まったく、何の予言だったんでしょうね」
「ひ・・・っ」
 たった数時間前に、それを公衆の面前で大々的に行ったばかりである。
 もう、頭を打ち抜かれたも同然だった。
「・・・わ、わたしたちはどうしたら・・・」
 わなわなと瀬川吾郎が顎をふるわせる。
 少し前までは、小さな信用金庫の支店長がもしかしたら財閥系の会社の重役に上り詰められるかもしれないという妄想にとらわれ、すっかりその気になっていた。
 しかし、今は、自分たちが簡単に手玉にとれるものと思い込んでいた男の器とその背景の凄さに、気が遠くなりかけている。
 このままでは、栄転どころか、職を追われることになりかねない。
 もしかしたら、日本にいることすら叶わないかもしれない。
 そんな恐れすら抱いている。
「まずは、交換条件を呑んで貰います」
 片桐は一枚の紙とペンを揃えて、二人の前に置いた。
 誓約書だった。
「そちらに控えは渡せません。何らかの形で流出すると困るので」
 そこには、片桐啓介と長田家の関わりを一切口外しない。
 その見返りとして、破談の理由は親族間の齟齬であり、更に九州片桐家の田舎の因習と家長制度に都会育ちの美咲がなじめなかったからであり、彼女自身には一切の非はないという破談証明を仲人のサイン入りで発行。そのように公言して構わないと記されていた。
「破談の証明は弁護士が作成し、後日秘書が届けます」
 かくかくと、首を小刻みに上下させ、二人は頷く。
 すらすらとビジネスライクな話しぶりの片桐は、いつになく毅然としていて、つい先頃までいたどこにでもいる仕事に疲れたサラリーマンではなく、威風すら漂わせている。
 いつも人なつこい笑みを浮かべていたため、会社では同僚たちに茶化されてからかわれている姿しか知らなかったが、背筋を伸ばして正座する今の彼には、そんな様子はみじんもなくむしろおおどかで御曹司然としていた。
 書類に目を伏せるとすっとした鼻筋が際立ち、実はとても端正な顔をしていたことに今更美咲は気が付いた。
「そもそも、俺が皆さんに中途半端な夢を見させてしまったのが悪かったと思います。ここの支払いは俺が持ちますし、祖父には俺からきちんと説明しますので、どうかこのまま、ここは引いて下さい」
 折り目正しく手をついて頭を下げる姿に、ぐうの音も出ない。

 ここが、引き際だ。

 さすがの美咲も観念した。
 目を閉じて息を吐き、立ち上がろうと膝に力を入れる。
 しかしふと気になる事を思い出し、どうにも我慢できずそろりそろりと訪ねた。
「・・・指輪は。あの指輪は、どうするの・・・?」
 実は婚約解消を叫ぶ直前に、ちゃっかり婚約指輪を貰っていた。

 最後の最後にそれか、と片桐は破顔した。
「良いよ、今更。中の刻印を加工するなりなんなり好きにしてくれ」
「・・・うん」
「じゃあ、さよなら、美咲」
「・・・うん」
 
 ゆっくりと、片桐啓介が目を細めて心から笑った。
 この暖かな目元、しっかりした鼻筋、厚みのある広い肩。
 浅黒い肌は健康的で、頼もしく、少し野性味を帯びていた。
 まれに見る良い男じゃないか。
 しみじみ思う。

 いったい何に不満だったのだろう。
 ・・・本当に今更だった。
 





 『ずっと、ずっと甘い口唇-32-』へつづく。







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