『ずっと、ずっと甘い口唇』-30-(『楽園』シリーズ) 

2012, 07. 25 (Wed) 19:39

 最初に断っておきます。

 うんちく、長いです。
 くどいです。
 ごめんなさい。
 もうもう、放り出されてもおかしくないわ・・・。

 次回はさすがにカタをつけますから、どうかどうか見捨てないでください・・・。


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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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 『ずっと、ずっと甘い口唇-30-』


 ふすまを静かに閉じて、ぺたりと座り込んだ美咲の腕をとる。
「・・・俺からも話があるから、席に座って」
 のろのろと立ち上がり、彼女は父の隣の座布団に腰を下ろした。
「お二人の言う復縁は、片桐啓介ではなく、長田啓介と、ですね」
 うなだれた二人は青い顔をしたまま答えない。
「なら、それはどだい無理な話です」
「そんな・・・!!」
 反論しようと髪を振り乱す美咲の前に手を上げる。
「ちょっと、黙って。これから言うことをきちんと聞いてくれ」
 持ち込んだ鞄の中から二つの茶封筒を出し、その一つの書類を取りあげた。
「先ほど、お義父さんと会う前に祖父の秘書が俺に持ってきたものです」
 漆塗りの卓上の、料理などの載っていない空いた場所にぱらりと広げたのは綺麗に装丁された冊子に収まった見合い写真と、毛筆できっちり書かれた釣書が数枚。
「本当は個人情報なので、よそに見せるのは御法度ですが、まず、お二人が彼女と会うこともないでしょうから」
 写真に収まる女性が理知的な美貌であることは言うに及ばず、釣書に綿々と綴られた経歴と資格の煌びやかさに二人は目を丸くする。
「ちなみに、俺が破談を喰らったことは知れ渡っているので、これでもランクが格段に落ちた状態だそうです。特徴としては、俺は中近東の言葉が不得手だから、それが得意な女性を選んで持ってこられることが多いです」
「・・・持ってこられることが多い?」
 瀬川吾郎がオウム返しに言うと、片桐は肯いた。
「はい。ここ数年、毎月一枚は祖父が見合い写真を秘書に持たせるというのが続いていました。どれもこの時点でお断りしていましたが」
 それらを退けて瀬川美咲と結婚しようとした意図をここで汲んでくれたら・・・と、願いをこめて答えた。
 しかし、美咲は納得できないらしく、釣書をはねのけて吠えた。
「ようはその女たちよりも、私が良いって、そういうことじゃない。こんな、家柄だけの頭でっかちなんか・・・っ」
「違う。そうじゃない。そうじゃないんだ。・・・なんでわからないかな」
「だって、けいすけ・・・!!」
 無駄に終わった見合い書類を片付けながらため息をつくと、床の間に生けてある花に目がとまった。
「じゃあ、美咲。そこにある花器の名前解るかな?」
「・・・かき?」
 片桐の言わんとすることが解らず、首をかしげる。
「そこの花瓶のこと。作った人が誰なのか、または産地がどこなのかで良いんだけど」
「・・・どうでもいいじゃない、そんなこと」
 途端に眉間にしわを寄せ、不機嫌な顔になった。
「そうだな。どうでもいい話だよな。それはただの花瓶だ。けどな」
 今までは、それで良かった。
 だけど。
「長田啓介と結婚するなら、それでは生きていけない」
「・・・言いたいことが解らない」
「回りくどすぎるか?なら、これは?」
 たまたま、バッグの中に突っ込んだままだったペットボトルを出す。
「・・・緑茶のペットボトルがどうしたっていうの?さっきから啓介が何を言わせたいのか、私わかんない」
 いらだちを各層ともしない娘に、慌てて父が制しようとするが、構わず続けた。
「これを見た瞬間、中身が緑茶と言うことも、だいたいの風味も自然と思い浮かぶだろ?それと同じように、あれを見た瞬間、柿右衛門様式と言えないと駄目なんだよ」
 物凄くわかりやすい花器ですら美咲が答えられないのを知った上での質問だった。
 そんなものに一切興味がなかったからだ。
「そんな・・・。たまたま今知らないだけじゃない。教えて貰えば、これからだって」
「そうですよ。これから稽古に通わせますから・・・」
「付け焼き刃が通用する世界ではないから、無理だと言っています」
 あえて、ぴしりと否定する。
「何も最初からきめつけなくてもいいじゃない」
「俺だって、美咲のことを否定したいわけじゃない。でも、向かないことだけは解って欲しい」
 仕方なく、片桐は言葉を続けた。
「美咲、軽井沢のコテージでほとんど家事をしなかっただろう」
「しなくていいって、本間さん言ったじゃない!!」
「そうだね。でも、それには理由があったんだ」
 知人の別荘と言うことで食事は自炊で、事前に食材を持ち込み、備え付けの家財道具をそのまま使わせて貰った。
 その時、本間が「瀬川さんは初めての参加で勝手がわからないだろうから、何もしなくて良いですよ」と、手伝いを断り、客人扱いだった。
「あれ、ついてすぐに美咲があそこのグラスを適当にとってコーラを注いで、流しにぞんざいに放り込んだからだったんだよ」
 家主は資産家で、収納しきれなくなった食器類などを別荘へ送り込んでそのままにしていた。
「好きに使ってくれ、とは言われているから、間違った行動じゃない。だけど、あのグラスは日本にはあまり出回っていない、アンティークものだったんだ」
 シンプルな白のプレート一つとっても、きちんとした工房で作られたもので、それを知っている本間たちは陰で悲鳴を上げていた。
「でも、美咲に恥をかかせるわけにもいかないから、キッチンとダイニングから遠ざけたんだよ」
 常連の人々はおおむね知っていた。だから、子供たちには前もって注意をし、一部レンタルの食器類を持ち込んでいた。
「な、なんでそれを教えてくれなかったの?啓介が先に言ってくれたら・・・」
「だから、俺たちは美咲がそこまで疎いとは思わなかったんだ」
 別に瀬川の家が貧しいと言うわけではない。
 瀬川吾郎はとある信用金庫の支店長だし、先日の挨拶の時に出された茶器は誰もが知っているブランドのものだった。
 インテリアなどを見る限りどうやら母親は多少なりとも興味があるようなので、単に美咲が二十代後半の今まで関わりがなかったと言うだけだ。
「岡本は家業でたたき込まれているし、本間たちは子供の頃から習い事をしているうちに自然と興味を持っていて、そのものの出所がはっきり解らなくても、価値はなんとなく解る。でも、それをどこからどう説明したらいいか解らないし、正直面倒だと言われた」
 呼吸するように身体に染みついていることを、知識として取り出すのは難しい。
「・・・片桐啓介としては、それでいいと思っていたよ。むしろそれが新鮮だった」
 綺麗なものを綺麗、可愛いものは可愛い。
 これは色が好き。
 これはなんだかむさ苦しくて嫌い。
 そう指さす度に、素直な感性が、無邪気で可愛らしいなと思っていた。
「結婚してから、必要なことはおいおい教えるのも楽しいかなと思っていたし、多分、母もそのつもりだった」
「なによ、啓介はなんでも知ってるとでも言うわけ?嘘言わないでよね。あんなドいな・・・」

 あんな、ド田舎で育ったくせに。
 
 そう言いかけて、口をつぐんだ。

「うん。ここに比べたら物凄い田舎だよな。行ってみてびっくりしたろ。気づいてやれなくてごめんな」
 正月休みに実家へ連れて行った時、自分も周囲も舞い上がっていて、主賓の美咲は置いてけぼりだったのだと、後になって気が付いた。
 それは、申し訳ないと思う。
「でも、そこにある花器と、実家の床の間に詩織が正月の花を生け込んでいた花器が似ていることに、今も美咲は気が付かなかっただろう?」
 妹はあの時、いつもより高い花材を入手してかなり気合いの入った大作を作り上げていた。
 かなり目立っていたはずだが、美咲は一瞥もくれなかった。 
「え・・・。うそ・・・」
「ほぼ同じ時期に作られたものだから、形も絵も似ているよ。本家から曾祖父が貰ったものだから」
「啓介君、それはいったい・・・」
 成り行きを固唾をのんで見守っていた父親が口を挟む。
「戦後にGHQに介入されるまでは、日本の豪農の資産って、実は結構なものだったんですよ。多分、下手な士族や華族よりも贅沢だったんじゃないかな」
 戦前前後の動乱期と貨幣価値の変動のなか、うまく渡っていけばそれなりの暮らしが続いた。
「さすがに今は本家も普通の家ですが、倉の中に戦前までに誂えた色々なものがまだまだ眠っていて、曾祖父が独立する時に少し持たされたし、お祝い事の度になにがしか骨董品を貰っているので、その手のものに関しては詩織も慣れています」
 片桐の田舎ではハレの日や法事の時などに食器を貸し借りする習慣もあった。なので、漆器を始め焼き物の皿の裏に制作者と制作年、そして注文主の名前が書かれた物がざらにある。
「意外と、田舎で暮らしているほうが、目利きになるんですよ」
 だから、そのうち美咲も馴染んでいくだろうと思っていた。
「そうなのか・・・」
 だんだんと納得してきた瀬川吾郎ががっくりと肩を落とすさまに、美咲は苛立ち、焦っていた。
 気の弱い父は、本当に役に立たない。
 ここで啓介のいいなりになったらおしまいなのだ。
「それならなおさら、これから覚えたら良いことだわ。私だってそこまで飲み込みが悪いわけじゃないのは、あなたも仕事を一緒にしていて知ってるじゃない」
 負けるわけにはいかなかった。
 一生がかかっているのだから。
「結婚してから習い事をしている奥さんはいくらでもいるわ」
 それこそが、美咲の思い描く新婚生活だった。
「・・・きっと、美咲が思うのは、メディアで時々紹介される、セレブリティの奥さんたちの通う料理教室や稽古事の事なんだろうけれど、あそこに行っても辛い思いをするだけだよ。意外と閉鎖的なんだ」
 軽井沢で台所から追い出された程度では済まされない。
 みんな、小さい頃から親に厳しく躾けられたり努力して手に入れた知識や資格や学歴をそれなりに誇りにしている。
 ぽっと出の、玉の輿女は勘に障るだけだ。
「たとえ美咲が寝る間を惜しんでどんなに努力しても、それが身につくのは何年後?その間、ずっと誰にも相手にされないし、経験のなさはあっという間に見抜かれてしまう」
「・・・でも」
「きっと、どこに行っても空気のようにいないものとされるのが関の山だね。俺は祖父の家に行くたびに、そんな扱いを受ける女性をたくさん見てきた。だから、無理だと言ってる」
 彼女が視線をうろうろとさまよわせているのを見て、そろそろ納得してくれたかと感じた。
 だから、つい、本音を言ってしまった。
「俺は、美咲には今のまま、活き活きとしていて欲しいと思う」

 と、すると、彼女は急に面を上げ、やにわに立ち上がり、駆け寄ってくる。 
 そして、押し倒さんばかりの勢いで抱きついてきた。
 いや、実際押し倒され、畳に転がされた。
 とっさのことに片桐も抵抗できない。

「いやよ、だって、貴方のことがすきなの、すきなのすきなの、すきなのーっ!!」

 髪を振り乱し、目をつり上げ、男にまたがった状態で絶叫した。

 キューソネコカミ。
 ・・・仏心は禁物。
 別れ際の篠原のささやきが、頭の奧に蘇った。








 『ずっと、ずっと甘い口唇-31-』へつづく。







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