『夕立ち』-征司- ③ 

2010, 10. 22 (Fri) 23:16


 ようやく・・・。
 「夕立」シリーズの完結です。
 ・・・我ながら終わらないかと思った…。

 ええと、初めてご覧になる方へ。
 これは「夕立」というシリーズで、ほぼ同じ場面を、御曹司の征司、恋人の蒼、征司の秘書の高遠の三人の視点から見た形になっています。
 そして、今回は征司の視点からの「夕立」の最終回。
 回を重ねるごとに長くなってしまいました…。

 待っていた方もそうでない方も…。
 演歌の様相を呈していますが、どうかお付き合いください。


 さあ、次は…ですよ。
 いい加減本編にかからないとな…。

 ではでは、「続き」をどうぞ。





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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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「征司…。行くな」
 唇と唇の間で蒼が囁く。
 思わず頷きそうになるのを彼の腕のシャツを握りしめることで堪え、必死に抵抗を試みる。
「そう・・・。いや・・・。やめて・・・」
 離れたくない。
 彼の腕の硬さを、胸の温かさを感じれば感じるほど、離さないでとすがりそうになる。
 雨足はますます激しくなり、木々の葉を、地面を、車を、ばたばたと叩き続け、そして自分たちの汚れを洗い流すかのように隈なく降り注ぐ。
 このまま、雨とともに何もかも消えてしまえばいいのに。
「思い出せよ、俺たちはそんなもんじゃない・・・」
 鼻の奥が熱くなり、目尻から涙がこぼれおちた。
 器用な指先で髪を梳かれるたびに、背中を手のひらで撫でられるたびに、蒼の心が流れ込む。
 好きだ、好きだ、好きだ…。
 どうにもならない、八方ふさがりの熱が胸の奥をちりりと焦がす。
 涙が後から後から零れていく。
「泣くな…!」
 ふいに足元がすくわれ、気がつくとボンネットの上に乱暴に押し倒されていた。
「いや…、やめて」
 首を振って抵抗を試みても、のしかかる蒼に難なく抑え込まれ、更に後頭部を掴まれ深く唇をあわされてしまう。
 蒼はまるでとりつかれたかのように征司の唇をむさぼり続けた。
 背中や首の下を滝のような雨水がさらさらと流れて行くのを感じる。
 ボンネットを打楽器のように叩く雨粒のしぶきが頬に跳ね返る。
 それらが、征司を現実へと呼び戻した。
「そう・・・」
 唇と唇の間の、切れ切れの息の中で声を絞り出す。
「お願いだから・・・!」
 頬を伝う涙が、止まらない。
 我に返ったかのように唇を離した蒼が顔を上げて前方を凝視する。
「―――――っ!!」
 ふいに、瞳の中に凶暴な光がともった。
「・・・蒼?」
 思わずかけた声が引き金になったのか、急に襟元に手をかけ、そのまま無理やり開かれる。
 布の切り裂かれるような音とボタンがボンネットにあたった音が聞こえ、悲鳴をのみこんだ。
 むき出しになった鎖骨や胸板に直接雨粒が叩きつけられて身をよじるが、蒼が全体重をかけてのしかかり、首から耳に舌を這わせてくる。
 先ほどの蒼とは何かが違う。
「やめ・・・」
 全身に震えが走った。
「なあ・・・。こんな身体で、俺なしで生きていけるのかよ」
 胸元に落ちる息はとても熱かったが、征司の心の底に冷たい刃が突き刺さる。
「そう・・・」
「こんなに感じ易い身体で…」
 むき出しの肩に強く噛みつかれた。
「どうやって、これから生きていくんだよ…」
 ぐい、と股間を合わせてきた。
「こんなに、ここで、俺を欲しがっているくせに」
 隠しきれない互いの欲望がそこにあった。
「―――――っ!」
 こんな時にでも感じてしまう自分を、これほど疎ましく思ったことはない。
 「俺がいなくなったら、あいつに抱いてもらうつもりかよ?」
 アイツニダイテモラウ・・・?
 蒼の嘲りの言葉は、頬を拳で殴りつけられたような衝撃だった。
 気が付いたら渾身の力で胸を押し返していた。
 地に足が付いた途端、頭の中の霞が取り払われたような気がした。
 驚いたように目を見開く蒼を見つめて名を呼ぶ。
「蒼」
 手を振り上げて、蒼の頬を思いっきり打った。
 ぱしんという音がしたような気がしたけれど、手のひらも指先も何も感じなかった。
「高遠を侮辱するな」
 確かに、蒼の頬を自分は打ったらしい。
 じわじわと片頬が赤くなっていくのが見える。
「まいったね・・・」
 頬を打たれたのに、蒼は笑っていた。
「最初に言うのが、そこなのかよ・・・」
 二人の間を雨が絶え間なく落ちる。
 「言うよ。もっと言わせてもらう」
 腹の奥底と両足に力を入れて、蒼を見据えた。

 どうか、自分に力をください。
 彼を手放すための力を。
 彼を救うための力を。
 
「僕の知っている蒼はこんな男じゃない。僕が好きだった蒼はこんな顔をするじゃなかった。君はいったい誰?」
 蒼。
 君は雨の中にいつまでも留まっていてはいけない。
 僕をここに置いて、前に進め。
「征司…」
 願いを込めて言葉を口にするが、蒼の指先が自分に伸びてくる。
「触ったらいけない!!」
 素早く後ずさった。
「…触ったら、ますます駄目になるんだ、僕たちは。それではどこにも行けない。一緒にいても幸せになんてなれないんだよ、蒼」
 傷ついた瞳に心が揺れる。
 でも、決めたから。
「・・・俺がいなくても、お前は幸せになれるのか、征司」
「・・・うん。なるよ。君も、僕も」
 今言う言葉が、どんなに蒼を傷つけたとしても・・・。
 またきっと歩き出せる。
 そんな彼が好きだったのだから。
「本当に?俺に抱かれないと眠れないくせに」
「・・・そんなことないよ。今もちゃんと眠れてる」
 唇が自然と笑みの形を作ることができた。
 「だから、振り返らないで。君は、君の道を行くんだ」
 大丈夫。
 絶対大丈夫。
 蒼が幸せなら、きっと自分も歩き出せる。
「あとになって後悔しても、もう、俺は・・・!!」
 蒼が声を荒げる。
 まるで悲鳴を上げているかのように。
 抱きしめたくなる衝動を抑えて、顎を上げた。
「後悔しない」
 大丈夫。
 絶対大丈夫。
 蒼が幸せなら、きっと自分も歩き出せる。
「だから、今、ここで、別れよう」

 だから、僕を置いて行け。


「・・・わかった」

 どのくらいの間があったのか、自分でもわからなかった。
 ただ、うつむいていた蒼がぽつりと答えた。
「さよならだ」
 初めての、訣別の言葉だった。
 それを望んだのは自分なのに、胸が締め付けられるように痛かった。
 長い間を共にした蒼に言いたいことはいっぱいあったけれど、言葉が出てこない。
「うん」
 うなずくのがやっとだった。
 笑わなければ。
 蒼が行けるように、笑おう。
 これが、最後だから。
 …自分は、綺麗に笑えただろうか。
 


 蒼が踵を返して歩き出した。
 雨が・・・。
 雨がどんどん二人の間を塗りこめていく。
 背中が遠く消えてしまう前に、耐えられなくなって声をかけてしまった。
「ごめん、蒼。・・・さよなら・・・」

 蒼は振り返らなかった。
 ただ、それを合図に足を速めていく。

 行ってしまう。
 蒼が行ってしまう。

 心根そのままに明るい色をした髪
 射るようなまっすぐとしたアーモンド色の瞳
 きりりと吊り上った眉とは反対に少し下がり気味の目じり。
 まっすぐと伸びたその背中もすべて憧れだった。
 抱きしめられて嬉しかった。
 名前を呼ばれるだけで、胸の中が熱くなった。
 そして、いつしか身体の一部になった人。

 今、ひとり、ひとりに・・・別れていく。 

 ・・・蒼。

 手のひらがじんじんと熱を持つ。
 それを、ぎゅっと握りこんだ。

 追いかけたい気持ちに蓋をして、雨の向こうにだんだんと小さくなっていく影を見つめ続けた。
 そして。
 雨の中に、独りとり残される。
 数えきれない後悔と絶望の中、雨が降る。



「征司様・・・」
 ふいに、耳元で聞こえる雨音が変わる。
 ゆっくりと見上げると、背の高い男が傍にいた。
 ・・・傘か・・・。
 布をばたばたとせわしなく叩く音の中、高遠の漆黒の瞳が覗き込んでいた。
「どうか、もう車にお乗りください」
 そういえば、自分は高遠と出かける途中だったのだ。
 ずいぶんと前の事のように思えるが、辺りの色はさほど変わらないような気がした。
「うん、そうだな・・・」
 急に寒さを覚えた。
 口元が、うまく動かない。
「もどらないと・・・」
 寒くて、身体が動かない。
 ふいに、暖かなものに包まれた。
「・・・風邪をひきます」
 低い、低い高遠の声が頭から降ってくる。
 ・・・暖かい声だった。
「あたたかい・・・」
 冷たい雨の中に蒼を押し出して、今、自分は暖かな腕の中にいる。
 暖かさを感じては、いけないのに。
 なのに、動けない。
 涙だけがあとからあとから零れ落ちた。
 立ち尽くす自分を更に強い力が包み込む。
「・・・行きましょう」
 そう言いながら、高遠も動かない。
 うっすらと煙草の匂いのする背広の胸元に額を預けて、目を瞑った。
「・・・うん」
 温もりの向こうに雨を感じながら。



 雨が降る。
 思いだけをそこに残して
 ただ、いたずらに激しく、雨は降る。
 


              -完-



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