『ずっと、ずっと甘い口唇』-2-(『楽園』シリーズ) 

2010, 04. 18 (Sun) 01:18

時間の隙間を見つけたので、こっそり更新します。
毎晩こんなに夜更かしでいいんだろうか…。

昔の職場はとにかくチームプレイと言うかやっつけ仕事の人海作戦だったので、たくさんの人とかかわる上に長い時間を共有していたものだから、とても密な人間関係でした。
それが良い時もあり、悪い時もあり…。
まあ、でもこうしてサラリーマン物を色々と思いつくのは楽しかった証拠でしょうか。

前日の続きを掲載します。
『ずっと、ずっと甘い口唇』のその2です。
読んでもいいよと思われる方はどうぞ・・・。

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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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『ずっと、ずっと甘い口唇-2-』


「皆、酒は回ったか?・・・それでは・・・。片桐の破談にかんぱーい!!」

 がしゃんがしゃんとそこここでビールジョッキが鈍い音を立てて衝突する。
 早い、安い、を歌い文句にしている居酒屋は同じような背広を着、ネクタイをとりあえず形だけ首からぶらさげている男たちでごった返していた。
 そして、その中でもひと際ハイテンションな一角で、何度も何度も乾杯の音頭が上がっている。

「おう!!美咲ちゃんの決断力にもかんぱーい!!」
「いい夢を見たな、片桐ぃ」
「怨むんじゃねえぞ、呪うんじゃねえぞ、祟るんじゃねえぞ。ははははは」
「ほら、あれだ。『野良犬にかまれた』と思えよ、片桐!!」
「人生の山を越え谷を越え、荒波にもまれて一人前のオトコになるんだよ・・・」
「そりゃ、演歌だぜ、岡本ぉ~」
「まあ、なんでもいいから、飲もうぜ片桐!!厄払いだぜ!!」
 二十台から三十代の男たちが二十数名、まるで鬼の首を取ったかのような顔をして何度も乾杯の音頭をとる。
 
「・・・お前ら・・・」
 いわゆる『主賓席』に座らせられた片桐啓介は両手をわなわなと握り締めた。

「俺の不幸を肴にして飲み会やってんじゃねーよっ!!」

 一瞬、ただっぴろい店内がしんと水を打ったように静まり返り、数秒後、どっとあちこちから笑い声が上がった。

「・・・もう、死にてえ・・・」
 がっくりとテーブルに突っ伏す片桐の頭を数人がよしよしと撫でてくるが、そんなもの、何の慰めにもなりはしない。
「どうして、みんな、俺を放って置いてくれねえんだ・・・」
 おかげで、いらぬ恥まで思いっきりかいてしまったではないか。
 明日には、どこかの会社で婚約者に逃げられた間抜けな男の話が面白おかしく口にされるに違いない。
「それは、お前の人望のおかげじゃないか?人気者は辛いよなあ、片桐。愛されすぎて」
 なんの臆面もなくさらりとそんな気障な台詞が頭上から降ってきた。
「佐古・・・。なんで筑波勤務のてめえまでわざわざ出て来てんだよ。川崎までいったいどんだけ時間かけてきやがった」
 冷酒のビンを片手に立っているその男は片桐とは電話で毎日打ち合わせをするものの、距離的事情で滅多に会えない筈の立場にいる者だった。
 佐古真人。
 開発研究部門の優秀な研究員で、彼なしでは片桐の仕事は、いや、この情報部門は成り立たないといっても過言はない。
 しかしそれと同時に人としての彼はかなりの食わせ者で、このような場には絶対いて欲しくない人間の一人である。
「飲み事があるから来いと徹が言うから。丁度明日打ち合わせがこっちであるし」
 徹、と呼ばれた佐古より更に背の高い男が長い足を面倒くさそうに折りたたみながら傍に腰を下ろす。
「ほら、T銀行の提案の件、そろそろ技術のすり合わせをしないとまずいだろ、顧客会議も近いことだし。研究の奴もある程度現場を見ないと解からないことが色々あるからな」
 いけしゃあしゃあと答えるその顔が憎たらしいのは立石徹。
 SEで、浅黒くて少し大陸的な彫りの深い顔立ちと、学生時代に水泳で鍛え上げた体は女子社員の憧れの的、というより独身女性の獲物と化している。
 焦げ茶の瞳が素敵、と最近引き合わせたときに美咲もうっとりと魂を抜かれていたことをちらりと思い出す。
 ああ、確かにいい男だよ、こいつは。
 面倒見が良くて機転が利いて知識と人脈は底なしで仕事は神業かと言いたくなるほど捌けて、慈悲深く、とにかく彼のすべてが反則技と言いたくなるほど少女漫画的だ。
 彼らを目の前にすると、失恋の傷に男としての劣等感という塩をぎりぎりと摩り込まれる心地がして、手元のビールを一気に飲み干した。
「・・・つうか、無理矢理打ち合わせを作ったんやろ、お前らのことやから・・・」
 なんて酷い話だ。
 こちらは心底傷ついているというのに。
「まあまあ。こういう時は独りじゃないほうがいいんだと言ったのは岡本だからな。俺たちもそう思うし」
 その隣で佐古が女子高生のように唇を尖らせて肩をすくめ「ねー」等と相槌を打っている。
「ばかでかいお前たちに囲まれても暗くなるだけじゃねーか・・・」
 この二人は年齢も体格も顔立ちも違うくせに一心同体の態を見せる。
 妙に仲が良すぎると思ったらなんと親戚同士らしい。女性社員たちの間では肌の色から『白王子』と『黒王子』と呼ばれているとかいないとか・・・。
「天上界で暮らしているとさあ、時々下界の人間が恋しくなるんだよ。たまにはお前の顔でも拝んどかないと元気がどうも出ないんだよなあ。しかも、今回はビッグな肴つき」
 ビッグな肴とは片桐の破談のことで・・・。
「くそ、お前だって女房に逃げられたくせに、どうしてこの俺の痛みがわからんのか、この、冷血漢・・・」
「そんな大昔の話、記憶にございません」
 小首をかしげてにっこり笑うバツイチ佐古の頭は今時珍しく肩まで届くストレートの長髪で、その真直ぐな栗色の髪がさらりと動くのを見るにつけ、美咲の甘い髪の匂いを思い出す。
 白くて卵のようにつるんとした顔、大きくぱっちり見開かれた茶色の瞳、いつも濡れた様な桜色の紅を引いた唇・・・。
 あの唇から自分の言葉遣いと声が男らしくて好きだと言われたのはついこの間のことだったのに。

「俺は、今、誰もいない無人島に行きてえよ・・・」
 今になって九州男を差別するなんて・・・。

「無人島で自棄酒くらっても侘しいだけだろう?どんなにため息ついても誰も聞いてくれないぞ」
「そっちのほうがよっぽどましやんか、断然。こんな生き恥を晒すくらいなら・・・」
「まあ、そう言うなよ。恋愛の終わりは始まりでもあるらしいから」
「俺、もう、恋だの結婚だのは真っ平ごめんだ。くそ。石になりてえ・・・」
 何がどうして石になりたいのかと、突っ込込むべきなのか、それとも聞かなかったふりをしてひたすら慰めるべきなのか、二人は考えあぐねて文字通り石になる。
「なーに、しけたこと言ってやがる、酒が不味くなるぜ。・・・ったくよお」
 げし、と背中に思いっきり蹴りを入れられて片桐はテーブルに突っ伏した。
「何しやがる、この人でなし!」
 振り返るって怒鳴ると、男としてかなり小柄ではあるが全身から健全なパワーがはちきれんばかりの岡本と、華奢で控え目な風貌の後輩の中村がそのやりとりに目を丸くしつつそれぞれビール瓶を片手に立っていた。
「笑う門には福来る。しけた面していても貧乏神が集まるだけだ、笑え、片桐!!」
 ビール瓶を中村に預け、この宴会の首謀者の岡本は片桐の両頬を容赦ない力で摘み上げる。
「ぐぎぎぎ・・・」
 笑うどころか、このままでは口が耳まで裂けそうだ。
「やめてください、岡本さん!!」
「岡本はいつも元気だなあ。ははは」
「少しはその元気を仕事に反映しろよ、岡本・・・」
 ビール瓶を抱えた中村は子犬のようにおろおろと二人の周りを歩き回るが、人でなし二号三号の白黒王子は酒を飲み飲み笑うのみだ。
 哀れ、憔悴のあまり抵抗する力が残っていない片桐はされるがままである。
「佐古さんも立石さんも笑っていないで止めてくださいよ」
 生理的な涙で曇る視界の先で半泣きの中村の瞳が漆のように黒く濡れているように煌めく。
 暖かくて、とても優しい色だった。
 ふいに、頬の痛みも周りの喧騒も止まったような気がした。
「・・・仕方ねえなあ。春ちゃんに免じてこの位にしてやるか」
 ぺいっ、と岡本は飽きた玩具を放り出すかのように片桐を解放する。
 この中村春彦は片桐と同じ部署に所属しているのだが、彼らの仕事場内に中村姓が五、六人程度おり、それぞれの区別をつけるために自然と通称を使うことが多く、その優しげな顔立ちと二十二才という若さからたいていの人から「ちゃん」付けで呼ばれていた。
「いい子だなあ、春ちゃんは」
 佐古がそう言うなりいきなり背後から中村をぎゅっと抱きしめて頬擦りをしたため、驚いた中村は「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げた。
「あの目は反則だぜ・・・」
 憮然とした表情で岡本は腰を下ろし、立石は口に拳を当ててくっくっくっと喉の奥で笑う。
「だいたい、岡本は新婚だから何があっても笑いが止まらないんだろう。自分が幸せだと他人の不幸なんかちっぽけなもんだよな」
「ああ、そうさ、幸せさ。幸せすぎて、生きてるのが怖いくらいさ!」
 胸を張って惚気る幹事に一同はやれやれとため息をつく。
 不幸のどん底の片桐とは対極に、岡本は才色兼備で社内どころか社外にも名の知れた同僚を想い続け、昨年めでたく結婚にこぎつけたばかりだ。
 箸が転がっても笑いが止まらないお年頃らしい。
「そういえば、有希子が言っていたぞ、『失恋には男薬、女薬』ってな」
 『有希子だとーっ!自慢たらしく呼び捨てにするんじゃねえ!』と、背後から罵声が飛ぶ。男なら誰もが見惚れる高嶺の花をまんまと手に入れた岡本への恨みは未だ燻り続けているらしく、一次会が終わったあとの彼は無事に家に帰されることはないだろうと、立石たちは心の中で手を合わせた。
「男薬、女薬?なんだそりゃ?」
 岡本の妻をカサブランカのような圧倒的な豪奢な香りと優美な姿の花に例えるならば、美咲はガーベラやチューリップといった可憐な雰囲気の持ち主で、どこか庇護欲をそそる女だった。そこが何よりも魅力だったと言ってよい。
 ・・・今は、何を見ても聞いても、全てを美咲に直結させてしまう。
 こんなにたくさんの思い出を抱えて、これからいったいどうすればいいのだろう。
「まあ、端的に言えば男友達、女友達。要するに時間と暖かい友情、または新しい恋によって癒える物なんだそうだ」
「・・・どれもいらねーよ・・・」
「まあまあ、そう言わんと、俺たちの溢れんばかりの愛を受けて雄雄しく立ち直れ、片桐よお」
 そして、片桐は許容量を遥かに超えた酒を飲まされ続けた。
 飲んでクダを巻いて、飲んで飲まされて・・・・。
 酒樽にでも突っ込まれているのか、いや、自分が酒樽なのではないかと錯覚し始めた頃、世界はどんどん歪んで行く。

「片桐さん!!」
 意識に分厚い幕が下りる直前、中村の悲鳴が聞こえたような気がした。





   『ずっと、ずっと甘い口唇-3-』 へ 続く。



 たいして進展なしでごめんなさい・・・。
 牛のような歩みなのです…。




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