「神渡し」-5- 

2010, 10. 04 (Mon) 00:22


 卒論は源氏物語。
 ・・なのですが、いろいろなことをすでに忘れています。
 幸いなことに、手に取れる位置に資料を残しているものの…。
 これでつじつまが合うのかとハラハラしながら修正をかけています。
 言葉づかいもおかしいところが多々ありますし…。
 これ、一度発表しているだよなと、当時の自分の頭をつかんでぶんぶん振りたいです。

 どこかおかしいところがあったら遠慮なくご指摘願います(他力本願)。

 だから、現代ものの方がいくらか楽なんだよな…。

 私の大切なステキ資料はこちら。

源氏物語 六条院の生活源氏物語 六条院の生活
(1999/07)
不明

商品詳細を見る


 京都へ旅行の際、時間が余った…なんて迷われる方は是非、この本の編集をされた風俗博物館へ。
 源氏物語をミニチュアで再現しています。
 もともとがお寺関係専門の呉服屋さんが運営されているので、時代考証などがしっかりしていて、おそらく源氏物語に興味がない人でも面白いです。

 
 一度、6話まで続くように作ってUPしていましたが、いろいろ修正をかけて、今回でおしまいにしました。
 ちょっと回りくどい話になっちゃったな…。
 ただの平安物語として読んだら解らないかもと付け加えすぎて、おせっかいな文章になったような気がします。
 いつかまた、やり直したいけれど、そうするとまっしろになりそう・・・。

 とりあえず、ちょうど季節が追いついたところで『神渡し』終幕です。





  記事の一番下の『拍手』ボタンをクリックして頂くと小話をご覧になれます。
  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

 アクセスして下さったり、拍手やバナークリックで励まして下さる皆さんに感謝しています。
 もしもよろしければ感想や要望など頂けると、本当に嬉しいです。


ブログランキング・にほんブログ村へ


   拍手小話はこちら →


  『神渡し』-5-


「・・・芳子女王、ご逝去あそばされました」
 珍しく右大臣、左大臣がうち揃って東宮御所へ参内したことに首を傾げていると、二人は何度も目を交わしあい、やがて思い切ったように口を開いた。
「え・・・?」
「ですから、昨夜おそくに、お隠れあそばしたのです」
 もう一度繰り返す左大臣の言葉を信じられずに東宮は笑う。
「姫は・・・。昨日、文の返事をくれたよ・・・?」
 今身に着けている直衣も一緒に届けられたものだ。
 裁縫が得意な姫宮が女房達と布を染めることから楽しんだと書き添えられた文からはまだ彼女の愛用の香の香りがはっきりしている。
 なのに,大臣たちは彼女が死んだという。
 冗談でも、言って良いことと悪いことが有るものだ。
「・・・なにぶん、急なことで・・・」
 みなまで言わせず、右大臣の言葉を遮り立ち上がる。
「うそだ!!」
 御簾を払いのけて現れた東宮に両大臣も立ち上がる。
「どちらへ参られます!?」
 二人がかりで取り押さえても、少年といって良い東宮には払いのける力があった。
「どけ!式部卿宮家に行く!!」
 自分の目で見ないことには、とてもそんなことは信じられなかった。
 生きていたじゃないか、一昨日には二人で庭を眺めて楽しく過ごしたのに。
 文の返事には、庭に遊びに来る小鳥の事や、最近咲き始めた花の色の事がこと細かに。とても楽しげに語られていたのに。
 うそだ、うそだ、うそだ・・・・!
「なりません!!」
「だれか、東宮をお止めしろ!」
 御所詰めの人々がいっせいに取り囲む。
「東宮!」
「あにうえ!」
 払っても払っても体をとりどりの腕が蔓草のようにがんじがらめに絡み付く。
「放せぇっ・・・!!」
 東宮の血を吐くような叫びだけが、秋の澄み切った青い空に、高く、高く響き渡った。


 そして、秋の嵐の吹き荒れる中、宮家の姫の葬儀は密やかに執り行われた。
 入内間近の東宮妃の突然の死は、東宮自身の将来と心に暗い影を落とし、忌むべきこととして人々は口に出すことさえ憚った。


「自害は許さぬ」
 東宮と見まごう容姿の若い男が冷たいく言い放つ。
「支えを失った東宮はしばらく立直れないだろう。腑抜けになった男を次期帝と担ぎあげるには、たとえ左大臣といえども荷が重すぎる」
 芳子女王は東宮元服の折に副臥に立った、いわば初めての女だった。
 たとえ宮家ゆえに後ろ盾が頼りなく、後に上がってくるはずの年若い大臣家の姫君たちが中宮、皇后と上位へ立后したとしても、二人の絆は決してはかなくなることはあるまいと近しい者たちも思い、それが何事も真面目でおとなしい東宮の心の支えになればと願っていた。
 しかし、彼女の死によってますます内向的になっていくだろうということは想像に難くない。
 人々は、神と仰ぐからには光り輝くような力強い男を帝の有るべき姿として望むものだ。
「そして、今東宮を引きずりおろして誰を後釜に据えるかで、ここ数年あらかたまとまっていた朝廷も散々になるだろう。長きにわたって中央が乱れると下々にまで類は及ぶ」
 どこの派閥に入るか殿上人同士は探り合い、また、誰につくかで地方豪族達も奔走する。
 そうした時にこまめに動き回るのは賄賂と貢ぎ物である。それらを捻出する為に、農民達への取り立ては厳しくなり、生活は苦しくなっていくのは目に見えていた。
 国が荒れると、更に人々は頼りない東宮を元凶として怨むことになる。
「・・・お前が貫こうとした恋の顛末とは、こんなものだ」
 切り捨てるような口調と眼差しは、少将にどのような言い逃れも許さない。
 少将は床についた手を、強く、握り締める。
「あの夜が神渡しの夜だったというのが幸いして、式部卿宮邸内ですらあの騒ぎに気付かずじまいの者が多い。・・・よって、箝口令をしいた。」
「箝口令・・・・?」
「乳母はそのまま出家して宇治の方に庵を結び、居合わせた女房たちは大后宮預かりとし、手引きした三条は都を下ることになるだろう」
 時が流れるのは早い。
 最初は口さがない噂が氾濫しても、いつかは忘れ去られてしまうのが世の常だ。
 そして、記憶が薄れてしまうと、真実などどうでも良くなってしまうだろう。
 人々に忘れてもらう為にも、関係者が式部卿宮家にとどまるのは危険といえた。
 年若いというのに既に遊び人としてばかり名が通っている筈の兵部卿宮の、水も漏らさぬ采配に少将は息を呑む。
「自分の為したことと結果をあまさず見とどけ、更に東宮が自分の足で立てるようになるまで陰ながら支えるのが、お前達のするべき償いではないか?」
 呆然と座り込むままの少将に兵部卿宮はさらに言葉を重ねる。
「・・・あの世で姫にわびを入れるのは、全てが終わってからだ」
 さえざえとした微笑みを口元に残して、彼は扇を閉じた。

 自分よりも年上の男がうなだれるさまを横目に見ながら、帝の末弟である兵部卿宮は脇息にもたれかかった。
 ここは東宮殿。
 まだ十代半ばを超えたばかりの東宮には、芳子女王を失った衝撃はあまりにも大きすぎた。
 床に就いたきり起き上がることもままならないのは極秘であり、そのために歳が近くて容姿の似通う兵部卿宮が成り代わって政務をとっていた。
 帝とごく一部の近習しか知らぬこの代役。
 しかし、数えるほどしか東宮とその叔父にあたる兵部卿野宮に拝謁したことのなくても、その風格の差は隠しようがなかった。
 少将は一目で見抜いて理解し、兵部卿宮もそれを隠そうとしないばかりか、堂々と御簾を上げて見下ろしている。
 否。
 見せつけているのだ。
 東宮どころか、帝をも凌ぐと言う噂がひそかに流れていることもうなずける。

「・・・私は東宮に向いていないよ、残念ながら」
 先ほどとは打って変わって砕けた口調と頭の中を読まれたような的確な言葉に、目をみはる。
「・・・は・・・」
 なんと答えればよいか解らず頭を垂れる少将にふっと笑いをこぼして兵部卿宮は続けた。
「今はまだ解らないだろうけれど、帝になるのに向いているのは今東宮だよ」
 確かに、帝の末弟は母親が前の斎宮だったために財力はそこそこだが後見たちの勢力は弱く、大臣たちを後ろ盾にもつ東宮と二の宮に太刀打ちできない。
 しかし・・・。
「なりたいと・・・。なるべきだと思われたことはないのですか?」
 思わず、口をついて出た言葉に口を押える。
「・・・し、失礼しました」
「いや、いいよ。少将ならそう言うだろうなぁって思っていたから」
 にいっと口角を上げて笑っているような気がした。
「帝の一番大切な仕事ってなんだと思う?」
 一瞬戸惑うが、思うままを答える。
「は・・・。世をあまねく総べて、我々と民を導くことかと…」
「違うね」
 ばっさりと切られ、顔を上げる。
「次の東宮となる男御子を残すことだ。それも、有力な貴族の女との間に」
 さらりと広げた扇の絵に視線を向けたまま宮は続けた。
「たとえ、もしもうまく子を設けられたとしても、数年後には宮廷内の勢力がどうなるかわからない。だから、それを見越してある程度高貴な女との間に確実に幾人か男御子を作る必要もあるかもしれない。でも、その子供たちが後々の火種になるかもしれない。かといって、子が全くできないとそれはそれで憂いになる…。女たちも帝の寵愛を巡って争いも起きるだろう」
 膝を立てて顎を乗せ、ため息をつく。
「私だったら耐えられないね」
「・・・東宮様なら大丈夫だと?」
「その通り。もっとも、芳子女王が傍らにいればの話だったのだけど」
「・・・」
 息をのむ少将に宮はちらりと苦笑した。
「言葉が過ぎたね。・・・東宮はあの通り大人しいし少々繊細だけど、持って生まれた運もなかなかだし、やる気もある。ああ見えて芯は強い子だよ。そして何よりも誠実だ。それゆえ弟宮も無条件で慕っているし、私も帝になるのは彼以外にいないと思う。だから・・・」
「・・・」
「時が移って彼がゆるぎない帝になるまで、見守り、見届けるべきだ。姫に伝えるためにね」
 姫が傍らにいなくても、東宮は大丈夫だと。
 世は揺るぎ無いのだと。
 ならば、私は…?
 胸の奥底が強く痛み、手を握りこむ。
「・・・は」
 頭を垂れて、言葉を絞り出した。
「・・・承知仕りました」



「・・・上総守が後妻にと申し込んできたので、お受け致しました」
 夕暮の風がわずかに御簾を揺らす。
「それで、よろしかったのでしょうか?」
 今は亡き女主人といくらも歳の違わない女房は、雨に洗い落とされてきんと研ぎ澄まされた空気のような瞳を東宮の弟宮に向けた。
「・・・お見通しというわけですか。さすがは宮中にこの人在りといわれた三条の君。かなわないな」
 まだ元服してさほどの時が経たぬ少年宮は苦笑した。
「姫宮の死はもともと私の不始末が原因。死をと覚悟しておりました」
 扇で顔を隠す事無く、三条は前を見据える。
「何故ですか。命ぜられれば、喜んで賜りましたものを」
 薄朽葉に染まった西日が射し込み、余す事無く三条の全身を照らした。
「最初は兄上の大切な人を奪った者たち全て罰せねば、と思っていたのだけど・・・」
 東宮の弟にあたる二宮は自らも扇を膝の上に降ろした。
「きっと、目覚めた兄上が全てを知った時、そんなことを望まない気がする」
 心が優しすぎる東宮を慮って、真実を知るものは皆口をつぐんだ。
 風が運んだ突然の悲劇も、嵐と共に全てを流し去ってしまいたいと式部卿宮の愛娘に対する願いでもあったからだ。
 しばし顎に手をやって考え込んだ彼は、やがて思い切ったように口を開く。
「姫宮の葬列を追って嵯峨野へ向かったとき、・・・貴女を見た」

 冷たい雨が絶え間なく降りしきる中、ひっそりと人目を忍んで進む葬列のいちばん最後に少し列から離れてついていく年若い女房の姿は奇妙に見え、少将を手引きした三条だとすぐに知れた。
 しかし、一足、一足、棺の通った後をなぞるようにうつむき加減に歩く後ろ姿を見た時、彼女が誰よりもひどく傷ついているように思えた。

「きっとただ事ではすむまいと思いながらも、貴女は姫の死までは願っていなかったはずだ。だから、もういい。もう、いいんだ。・・・でも、何もなかったとしてしまう程には命は軽くない」
 だから、と言葉をつなぐ。
「上総守が任期を終えて帰京したときに離縁するのは構わない。とりあえず、人々の口に姫宮の死の噂がのぼらなくなるまで都を離れていてほしい。それが、我々の出した結論だ」
「・・・ほんとうに、それでよろしいのですか?」
 三条は眉を寄せて同じ問いを繰り返す。
「だって、何を言っても水掛け論にしかならないから」
 もしも少将が横恋慕しなければ、
 もしも三条が手引きしなければ、
 もしもあの夜が嵐でなければ、
 もしも乳母が宿下がりしていなければ、
 もしも侍女たちが必要以上に騒がなければ、
 もしも、もしも、もしも・・・。
「もう、誰が悪いのか解らなくなってしまうんだ。ただ、確かなのは、芳子女王は死んでしまったということ」
 西風に吹かれて出雲へ旅立った神々は霜月になれば戻ってくるが、姫宮が風に連れて行かれた先は黄泉の国である。
 手元に残ったのは残酷な事実だけだった。
「とりあえず僕にできることは、兄上をこれ以上傷つけないように裏工作するくらいだろう。だから、皆に協力してもらいたい」
 声色もまだ稚く、あどけなさを残す瞳に一瞬金色の光がさし、きらめく。
「・・・承知仕りました。宮様の御指図に全て従わせていただきます」
 三条は両手をついて深くこうべをたれた。
「・・・差し支えなければ聞かせてほしい。貴女ほどの人が、何故少将の言いなりになったのかを」
 次第に赤みを帯びてくる夕日に染められていく三条を、二宮は美しいと思った。けっして恋の懸け橋にされるような人ではないと。
「恋多き女だと、確かに私は色々な殿方との間柄を取り沙汰されましたけれど・・・」
 形の良い唇の端をかすかに持ち上げて三条は微笑んだ。
「何もかも忘れてしまうような恋はしたことがなかったような気がします」
 身分の違いや一族の立場や世間の非難や二人の将来や、そんなものをすっかり忘れてしまうような。
「最初から利用するつもりで私に近づいた少将さまが憎かったのか、捨身で愛された姫さまが羨ましかったのか、それとも・・・。今となっては、もう・・・」
 笑みの形を作ろうと細められた目元は、かえって泣いているようにも見えた。
「いまさら、埒もないことを聞いた・・・」
 少年は満身創痍の女にかけてやる言葉が見つからず、後悔した。
「いえ、本当に埒もないことですから。・・・こちらも一つお聞かせください。少将さまの処分は、いかようになさるおつもりですか?」
「・・・彼は、・・・」
 軒端に見える零れんばかりの白萩に目をとめて、ふっと息を付いた。
「髪を切ったよ・・・」
 三条も首を傾けて、茜に染まりはじめた萩を目で追う。
「・・・さようでございましたか」
 静まり返った二宮の屋敷の西の対を鈴虫の名残の音だけが物寂しく行き交った。



 臥待月が、澄み渡った夜空に金色の光を放っていた。
 途切れ途切れに聞こえてくる虫の音を聞きながら、二宮は肩膝を抱えて白く光る萩を見つめていた。
「・・・ずいぶんと遅かったですね」
 近づいてくるひそやかな衣擦れに、振り返ることなく冷ややかな声をなげかける。
「・・・まるで帰りの遅い夫を責める妻のようだな」
笑みを含んでいるであろう背後の男に苛立ちを感じ、少年は爪を噛んだ。
この人は、いつもそうだ。
どんなにこちらがいきり立っても、わらって煙に巻いてしまう。
「からかわないで、ここに座ってください」
「はいはい」
 自分の隣を顎で指し示すと、そんな横柄な態度すら気にも留めずにゆったりと兵部卿宮は座す。
「・・・髪を切る様、仕向けたのは貴方ですね」
「・・・さて」
 月を見上げて兵部卿宮はうそぶく。
「死ぬことは許さぬとはいったが、出家するなとは、確かに言わなかったかもしれない」
 罪悪感と絶望に囚われている少将が、関係者がくまなく追放の憂き目に遭っているというのにのうのうと宮中に上がれるはずもなかった。
 まして、仕えるべき相手の恋人を死なせてしまったのだから。
 賢げでありながら大人になりきれない二宮の言外に責める響きを聞きつけて、男は更に楽しそうに笑った。
「穏便に解決するにはそれしかあるまい?良くぞこの程度で済んだと誉めて欲しいところだ」
 芳子女王の死に関わった女房達は中臈から上臈にあたる者ばかりで、いわば中流より上の階級の子女だった。彼女たちを責めた場合、殿上人である親兄弟の立場が悪くなり、宮中よりはじき出される者が続出することが予想される。
 その上、四位左近少将は内大臣の末子である。この不安定な時期に大臣同志の勢力争いの均衡が崩れるのも、避けたい事態であった。
「ましてや、内大臣は老い先短いご老体。急いで首を切らずとも、あの世から迎えがまもなくやってくるだろう?」
 とりあえず、数年生きてくれれば体制は整うだろうし、四位の少将の席は、居並ぶ下官の中からより勤勉で優秀なものを据えればよい。
 兄にうりふたつの切れ長の瞳が冷たくきらめいた。
「それとも、自害を許して、今すぐあの世まで芳子女王を追わせたほうが良かったかい?そうしたら、ますます貴方の兄上の立場がなくなるかもしれないよ?」
 朗らかに歌うような兵部卿宮の謎かけに眉をひそめる。
「兵部卿宮、それはどういう…」
「現場に居合わせた訳ではないからなんとも言いがたいが、芳子女王が愛したのは誰だったのだろうね」
「そんなこと…!」
 思いもかけぬ兵部卿宮の言葉に驚きつつも、胸の奥で何かがじわりと騒ぐ。
 確かに少将と姫宮が逢ったのはあの夜だけで、それ以前に文のやり取りもしていなかった事は間違いない。
 ほんの数刻。
 そんな短い逢瀬で人の心は通じるものだろうか。
 しかし、世捨て人になるほど絶望している少将を見ていると、ただの夜這いではなかったようにも思える。
 だからといって二人の間に何かあったと見るのは、下衆の勘繰りなのだろうか。
「まあ、これも、今更埒もないが・・・」
 金色の光の下、兵部卿宮は首を傾けて穏やかに微笑んだ。
「ただ、姫宮は何を急いで黄泉路へ旅立ったのかなと思うんだよ・・・」
 


 零れ落ちそうなほど満天の星空の下、僧形の男が一人、嵯峨野の墓陵に佇んでいた。
 尊い身分の人ばかり眠る場所であるはずなのに、死人は忘れ去られるのが常なのか荒涼とした寂しさが広がっている。
 誰も手入れをしないらしく、草ぐさが好き勝手にその身を伸ばしていた。
 居並ぶ墓標の片隅にひときわ新しい物を見つけ、墓前に手を合わせて黙祷する。
 風が男の頬をなぶる。
 瞼に浮かぶのは、燭台の薄明かりの下、栗色の瞳を揺らす女の顔だった。
 甘い香り、少し高くて優しい声、滑らかな栗色の髪、そして、どこまでも柔らかい体・・・。
『少将どの・・・』
 薄紅の唇は何か一生懸命言葉をつなげようとしていたのに、とうとう続きは分からずじまいになってしまった。
「あの時、貴方は何を言おうとしたのですか・・・?」
 永遠に与えられない言葉。
 失ってしまった人。
 かの人の旅立った国はあまりにも遠い。
 何度心の中で問いかけてみても、星空の下を薄紫の雲が静かに流れていき、広い嵯峨野の原を風に揺られた枯れ尾花のざわめきがざわわ、ざわわ、ざわわと寄せてはかえし寄せてはかえすだけだった。




 昔、男ありけり。
 女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。
 芥川という河を率ていきければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ」となむ男に問ひける。
 ゆくさき多く、夜もふけにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥におし入れて、男、弓・やなぐひを負ひて戸口に居り。
 はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に食ひてけり。
 「あなや」といひけれど、神鳴るさわぎに、え聞かざりけり。
 やうやう夜も明けゆくに、見ればゐて来し女もなし。足摺りをして泣けどもかひなし。


  白玉かなにぞと人の問ひし時露と答えて消えなましものを

                                「伊勢物語」






  『神渡し』-完-




     < ↓ポチリとしてくださるとうれしいです↓ >

  br_decobanner_20100412095827.gif  にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ
にほんブログ村


スポンサーサイト

タグ:続きを読む

コメント

コメントの投稿

非公開コメント