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『よるがすぎて、あさがくる。』-5-(『よる。』シリーズ) 

2018, 01. 30 (Tue) 20:23

 ありえないことに、本日二度目の更新です。
 pixivもなろうもupしました。
 どうした、自分。
 まあそれだけ切羽詰まっているともいう…。

 『よるがすぎて、あさがくる。』はこれにて完結。
 BOOTHで販売している冊子から少し改定していますが大筋は変わりません。
 ええと・・・。
 誤字脱字変換ミスと設定ミスを拾いました。
 それと、ちょっと書き足した表現もあります。
 ごめんなさい。
 切羽詰まりの入稿なんかするから、あとでこんなことになるのですよね・・・。

 さて。
 葬儀前のドタバタ劇、ちょっと青春風味・・・なこの話ですが、根っこが暗黒で救いようがないので、読んだ皆さんがどう思うか内心ドキドキです。
 ですが、今度の新刊がですね…。
 本間国男主人公の予定なので…。
 アラフィフの恋愛なんて見たくないと思われるでしょうけれど・・・。
 というか、最初は全く予定になかったのですが、風呂敷が広がってしまったので書きます。
 おそらくR18指定です…。
 ざっくり枠はつくりましたが、どうなるかわからない私の脳内暴走列車。
 とにかく、二十日までに書き上げるのを目標に頑張ります。

 将と吉央の話も、奈津美の話もまだまだ書くつもりなので、気長にお付き合いくださいね。

 ではでは、 本日はとりあえずこれにて。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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『よるがすぎて、あさがくる。』-5-


 本家当主の出席はあっという間に広まったらしく、駆け参じた親戚は増え続け、通夜ふるまいは賑やかなものになった。葬儀屋と契約して手配した仕出し料理は当然足りず、奈津美が急きょ寿司屋をやっている幼馴染の家に車を飛ばした。
 仕事をなんとか切り上げて駆けつけてくれた叔父たちも、姉のひばりから事前に指示を受けたのか酒などたくさん抱えてきてくれたが、それすらあっという間に消費された。
 厨房に残っていてくれたスタッフの人にあるだけのグラスを出してもらったり、借りている座布団の追加を頼んだりと、吉央も忙しく動き回った。
 もちろん、座敷の中心には国男がいた。
 だが、つぐみと清水のささやきが功を奏したのか、彼が子どもたちに構うことは一切なかった。そのおかげで吉央も国男の声を耳で拾ったとしても、平常心を保つことができた。
 一時間ほどで孝義が退席すると、彼を目当てに同席していた人々が少しずつ暇乞いを始めた。
 ざっと空のコップや使用済みの箸や皿を片付けた奈津美が、吉央を台所へ呼び寄せ小声で囁く。
「よっちゃんお疲れさま。もう、たっちゃんと一緒に抜けていいよ。上の階の和室、一つこっそり貸してもらったの。そこで着替えて休んでいて」
 お布団も借りたから敷いて良いよと言われて慌てた。
「でも、まだお客さんたくさんいるよね?」
「女手が四人もあるから大丈夫。叔父さんたちもうまーくお酌してくれてるし」
 手つかずの料理が入った寿司桶を一つ差し出して、にっと笑う。
「後でここから抜け出そう?つんちゃんと四人でね」
 奈津美が言わんとすることに、吉央は直感的に理解した。
「え・・・?そんなことしたら駄目なんじゃない?お通夜って・・・」
「お父さんと叔父さんたちが、多分おばあちゃんの傍にいるよ。なら私たちはいなくても寂しくないでしょう」
「それは・・・そうかも」
「なら、決まり。いっぺんに抜けると目立つから、先に上がってちょうだい」
 なんと母たちには了承済みでさらに将も乗り気だとまで言われると、もう奈津美についていくしかない。
「・・・どこいくの?」
「んー。つんちゃんが考え中」
「なるほど」
「久々のミステリーツアーだよ。お楽しみに」と含み笑いをされて、そうだった姉たちはそういう性格だったと思い出す。
「じゃあ、またね」
 そういうなり、奈津美は軽やかな足取りで両手にビール瓶を握りしめて座敷へと戻って行った。


「よっちゃん、起きて」
 囁きに、はっと目を覚ます。
 見慣れない壁に一瞬自分がどこにいるか解らず焦ったが、奈津美の顔を見て葬儀会場の控室の一つだと思い出した。
「いま、何時・・・」
 すぐそばで胡坐をかいていた将が腕を差し出してきたので掴んで時計を覗きこむと、真夜中になっている。
 将と食事して、布団に寝っ転がってテレビを見ているうちに吉央だけぐっすり眠ってしまったようだ。
「待たせてごめんね。つんちゃんがかなり頑張ったけど、お父さんがなかなか潰れてくれなくてねえ」
 最後に残った大人たちはそろいもそろって酒豪ぞろいで、さすがのつぐみも途中でくじけそうになったらしい。 
「なんで・・・。酔い潰す必要が?」
「中途半端に酔ったらまた何をしですか解らないし。潰しといたほうが安心でしょ」
 奈津美はさらっと恐ろしいことを言う。
「じゃ、いこうか。ちょっと遠いからトイレに行っといてね」
 喪服はとっくに着替えて身軽な格好になった奈津美は、車のキーを片手に元気に立ち上がる。
「ちなみにどこへ?」
 将が尋ねると、にやりと奈津美が笑った。
「海へ行こうぜ、弟たちよ」
「海って、どこの」
「んーと、ずっと前に海水浴行ったでしょ。あそこ」
 そこは記憶違いでなければ市外で、深夜でなおかつ有料道路を使っても一時間くらいはかかるだろう。
「・・・まじか、なっちゃん」
「マジです。つんちゃん待ちきれなくて、もう外に出ちゃったよ」
 姉たちの底なしの元気ぶりに、さすがの将も肩を落とす。
「そうだった。姉ちゃんたち、そんなんだった・・・」
 数時間前に、自分も同じことを考えた。
 吉央はたまらず吹き出して笑ってしまう。
 すると、将が軽く肩を小突いてきた。
 どこか、面白くなさそうな顔。
「なんだよ」
「・・・なにも」
 そんな弟たちの腕を、奈津美が勢いよく引っ張り上げる。
「じゃあ、いきますか」
「・・・なっちゃんって、意外と力持ちだよね」
 今度は将が奈津美に小突かれた。
 
 
「着くまで、みんな寝てていいよ」
 奈津美がそう言うので、将は後部座席で素直に寝てしまった。
 その隣では、つぐみが大きく寄りかかってぐっすり眠っている。
「こうして並んで寝ていると、二人ってやっぱり似ているよね」
「うん・・・」
 容姿で言えば将はひばりに似て、つぐみは直樹に似ていた。
 でも、性格は逆のような気もする。
 豪快なつぐみと、黙って要所要所をしっかりつかむ将。
 二人とも普段はずいぶん大人びているけれど、無防備に眠っている姿は幼い頃を思い出させる。
「つんちゃんね。私の代わりにお客さんたちと飲んで頑張ったのよ」
「・・・うん。多分そういうことだなと思った」
「うん。毎日仕事を掛け持ちして疲れていたのに、お酌して回って、勧められたお酒はどんどん飲んで、最後に父さんと飲み比べみたいなことまでしてくれた」
「そうだったんだ」
「ありがたいよね。叔父さんたちもほんとは父さんのことよく思っていないのに、今日は態度に出さずにいてくれて」
 ひばりと叔父たちと国男も、今の自分たちのように隣同士で育った。
 しかし本間家で甘やかされて育った国男は、年下の従弟たちの面倒を見ることはなく、逆に虫の居所が悪い時に蹴り飛ばしたことがあったと聞く。
 それでも故人への礼を尽くすため、こうして葬儀に駆けつけてくれた。
「俺は何もできなかったな・・・」
「よっちゃんもたくさん動いてくれていたよ。おかげでとても助かった。それに、こうして一緒にでかけられるくらいには元気になってくれたじゃない。私はそれだけで十分嬉しい」
「・・・」
 海へ向かう真夜中の国道は、行き交う車も少なくて。
 たまに向かいからやってきた車のヘッドライトの強さに驚く。
「ねえ、よっちゃん」
「なに」
「ごめんね。・・・あの夜」
 あの夜。
 もうすぐ七年になる、恐ろしい夜。
「私がきちんと話しておけば、よっちゃんはあの部屋に行かなかったのに」
「・・・話してもらったところで、俺はわかんなかったと思う」
 むしろ、強がって自ら乗り込んだに違いない。
「そうかもしれない。でもわかんないなら、わかるまでずっとずっと話すべきだったの」

 十歳の吉央は友達が少ないせいもあって、奥手で。
 祖母が主導権を握る家では、テレビや漫画でラブシーンを見ることなどご法度だった。
 それでも、あの夜。
 暗闇の中で恐ろしいことが始まろうとしていると、本能で感じた。


 七年前。
 春になる頃から時々、奈津美が吉央の部屋で寝るようになった。
『今日は、吉央の部屋にお泊りね』
 八つも上の奈津美のすることは、吉央にとって想像の範囲を超えている上に口で勝つことはまずない。
 突飛な行動もいつものことと思って、不平を言ったもののしぶしぶ受け入れていた。
 そこに深刻な問題を隠れていたなんて、気づくわけもない。
『あの夜』は梅雨も明けてだんだん夏らしくなってきて、窓を開けて扇風機を回していても同じベッドに二人で眠ると寝苦しくて、真夜中に目が覚めてしまった。
 奈津美の女子高校生らしい花のような匂いが、なんだか無性に恥ずかしくて。
 火照った身体を鎮めるために洗面所で水を飲んだ後、はたと気づいた。
 自分が、奈津美の部屋で寝ればいいんだ。
 名案を思いついた気になって奈津美の部屋へ入り、ベッドの上に横たわった。
 部屋の中は、やっぱり花のような匂いでいっぱいだったけれど、さらさらとしたシーツに頬を当てて冷たさを楽しんでいるうちにぐっすり眠ってしまった。
 そして、次に目を開けた時、奈津美の真意を知る。
 最初は、誰かの声。
 寝ぼけたまま聞き返そうととしたら、口を強い力でふさがれた。
 目を見開いても、何も見えない闇の中。
 黒い塊が、吉央の身体にのしかかっている。
 犬のような、荒い息。
 魚のはらわたのような、濁った体臭。
 大きな手が胸を撫でまわし、太腿を掴まれた。
 気持ち悪くて手足をばたつかせたら、パジャマを引きちぎられ、頬を叩かれた。
 顔半分がじんじんと痛い。
 口の中に、変な味が広がる。
 びっくりして、怖くて。
 指一本動かせずにいたら、黒い塊が言葉を発した。
『そう・・・それでいい。大人しくしろ・・・』
 ねっとりしたものが首筋を這う。
『なつみ』
 その瞬間、なぜか体の中にスイッチが入った。
「いやだあっ!」
 急に振り回した腕が運よく黒い塊のどこかに当たった。
『がっ・・・』
 奇妙な声が聞こえたけれど、相手のひるんだすきにベッドからはい出て、ベランダへ続くドアの鍵を開けた。
 『待て・・・っ、お前…っ』
 小さい頃に患った喘息を理由にひばりの教える空手も大して習わないうちに辞め、運動全般が苦手だった。
 それでも。
 その時は、何も迷わなかった。
「こないで・・・っ!」
 手すりを掴んでベランダを乗り越えてなんとか屋根に降り、何事かわめく声を背中に受けながら、そのまま隣の家の屋根に向かって力いっぱい跳んだ。
「よしお!」
 寝静まった夏の夜に、物凄い音がして。
 膝と、両手が痛かった。
 あちこちすり傷だらけになっていたけれど、なんとか飛び移れたとわかった。
「たっちゃん、たすけて!」
 目の前の窓に向かって叫んだら、雨戸がすぐに開いた。
「よっちゃ・・・、吉央!」
 将は屋根に四つん這いになったまま動けない自分を見て取ると、すぐに窓から飛び降りて来た。
 異変に気が付いた大野家のみんなが窓まで駆けつけて、大声を上げていたけれど、何を言っていたのかわからない。
 十歳にしては大柄な将は、あっという間に部屋の中まで引き上げてくれて。
「・・・吉央」
 将の部屋の中のベッドに載せられてもう一度名前を呼ばれた時、ぷつんと糸が切れた。
「うわーっ。わあああーっ」
 涙は、出ない。
 なのに、口と鼻から生温かいものがだらだら出てて。
 頬がじんじんしていて。
 わけのわからない声が出た。
「おとなしく、・・・しろって・・・っ」
 喉が、笛のようにヒューヒューと鳴る。
「なつみ・・・・、な、なつみって・・・っ!」
 うまく言えたか、わからない。
 でも、言わないといけないとわかっていた。
「おとうさんが、おとうさんが・・・」
 ずたずたな、その姿で。

『こんな、おおごとにして。なんて恥さらしな・・・』
 祖母の第一声は信じられないものだった。
 そして叱責は泥酔しきった国男にではなく、なんと吉央と奈津美に向けられた。
 国男は悪くない。
 お前たちがいやらしい。
 あの人は、真顔で言い切った。

 家が、怖い。
 夜は、もっと、怖い。
 だけど祖母と父は、『普通の生活』を要求した。


「話しても、話さなくても、多分同じだよ」
 吉央は、改めて思う。
 
 たとえ、時間を巻き戻してあの夜をやりなおしたとしても、変わらない。
 父の闇は、未だに終わらないのだから。

 若い時は好き放題にして、それが逆に男としての高評価を得ていた。
 仕事も女も、強引につかみ取ればつかみ取るだけ自分の物になり、好きなだけ貪り食った。
 だが天狗になっているうちに時代は変わり、若い部下たちから距離を置かれるようになる。
 昔は、誰もが自分を称賛し、
 昔は、誰もが自分のそばにいたがり、
 昔は、誰もが・・・。
 昔は、昔なら・・・と言う繰り言ばかり積もっていく。
 気が付いたら、会社の中に居場所がなかった。
 現状を認められない国男は、夜の街へ居場所を求める。
 酒を飲んで、恨みつらみを女たちに吐き出しても、心の奥の泥はもっともっと増えていった。
 
「最初から、どっかおかしいんだよ、あの人は・・・」
 国男からの謝罪は未だにない。
 祖母も変わらなかった。
 七年も経ったのに、と不平を言った。
 自分たちこそが言いたい。
 七年、経ったのだと。
「そういう人も、世の中にいるんだなあって思うようになった」
 だからと言って、国男を許すことは出来ない。
 彼の気配を感じただけでも手足が冷たくなって、吐き気がする。
 それは多分奈津美も同じで、一度家を出たら、二度と戻れなくなった。
「そう・・・。でも、ごめんね。ほんとうにごめん」
 あの当時、奈津美は国男の変化にいち早く気付き警戒して家の中で隙を見せないように努力していたため、いつもぎりぎりのところで難を逃れていた。
 それが逆に国男を飢えさせ、あの夜の暴走につながったと奈津美は言う。
 そうかもしれない。
 だけど。
「謝らないといけないのは、ねえちゃんじゃない。・・・あれに謝られたところで、俺は無理だけど」
 時間は不思議なもので。
 今夜は、話すことが出来た。
 どんなことを思い出しても、震えて涙を流すことはない。
「あの夜、あそこにいたのがねえちゃんじゃなくて良かったと、思えるくらいにはなったよ」
「・・・ありがとう、よっちゃん」
 奈津美の声が、少し、震えていた。
「・・・ねえちゃん、泣かないで」
「泣いてない」
 そういいながら、鼻水をすする音がした。
「泣かないで」
「泣いてない。今は、泣くもんか・・・」
 ハンドルを握りしめて前をにらむ姿が、すれ違った車の一瞬の光に照らされる。
「なんか、かわいいね」
「ばか」
 薄く開けた窓から、松葉の匂いがした。


 松林を抜けて海岸ぎわの駐車場に車を停めたとたん、大野姉弟は電気仕掛けの人形のようにぱちりと目覚めた。
「あ、もう着いたんだ」
「なっちゃん、ご苦労さん。ほんとにここまで来ちゃったのね~。びっくりたわ」
 つぐみが両腕を上げてのびをしながら、本音をざっくりと言う。
「え?言い出しっぺはつんちゃんよね?まさか本気じゃなかったとか?」
 ぎょっとして奈津美が振り向くと、あはははと口を大きく開けて笑いながらつぐみは後部座席のドアを開けて出る。
「いや、本気本気。こんなのを仕込んどくくらい本気」
 ハッチバックから取り出したのはバケツと何かの袋。
「じゃん。花火しようよ。蚊取り線香もあるよ」
「・・・用意周到だね」
「クーラーバッグにコーラとアイスもあります。ほかにも色々ご用意しましたよ」
 得意げに仁王立ちするつぐみの横で、将が黙々と荷下ろしを始めた。
「さすがに、この時間は誰もいないな」
 大きな身体で、たくさんの荷物を軽々と持ち上げるとすたすた歩き始める。
「まだちょっとシーズンには早いからね。あ、将。あっちの波打ち際の方に運んで」
「波打ち際は危ないんじゃない?」
 将のまっとうな質問もぴしゃりとつぐみは打ち返した。
「引き潮の時間だから大丈夫。ほら、さっさと行って」
 なんやかんやとにぎやかに言い合う姉弟の後姿を慌てて追いながら、奈津美と吉央はちょっと笑いあう。
「ありがたいね」
「うん」
 胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。


「まあ、これが私たちのお通夜ということで」
 小さく弾ける火花が濡れた砂浜に消えていくのを眺めながら、つぐみは言った。
「いけすかない・・・ていうか、ほんっと、困った人だったけどね~」
「けど?」
 将が新しい花火に火をつけて、吉央に手渡す。
「この歳になるとそこそこ、感謝する部分はあるのよ」
「なんだよ、いきなり大人な発言」
「まあ、黙って聞きなさい。葉子さんってさあ、なんかいろいろこじらせて、女らしいことにめちゃくちゃ固執して、それを私となっちゃんに押し付けてたじゃない?女子な習い事、いくつもいくつもさせられたよね」
 二人が物心ついた時から仕込まれた習い事は片手では満たない。学校の勉強より習い事を優先させられた。
「で、今、私役者の端くれでしょう。そうするとね。役に立つことがあるのよね。これから仕込まなくていいからお得感があるというか」
「ああ、なるほど・・・」
「その点では、ありがとうって思うわけですよ」
「たしかに・・・」
 将と吉央にしても、習い事をいくつか押し付けられていた。
 それが全く役に立たなかったかと言うと、そうではない。
「まあ、料理はうまかったしな・・・」
「そうそう。料理は・・・。あの料理に舌を鍛えられたというか・・・。ああ、なんか逆に悔しくなってきた」
 つぐみと将の話を聞きながら、吉央も少しずつ祖母を思い出す。
 可愛がられた記憶は残っている。
 それを真っ黒なもので塗りこめられてしまったけれど、小さい頃は、着物のいい匂いのする立ち居振る舞いの綺麗な祖母が大好きだった。
「やなところもいっぱいあったけど、殺したいほど嫌いにはなれなかったよね」
「俺は、殺したいと思ったことあるけどな」
 将がつぐみの言葉をあっさりと台無しにした。
「あ、私がせっかくきれいにまとめようと思ったのに」
 姉の不平不満を冷たい笑いで吹き飛ばし、将はまっすぐに応えた。
「まとめなくていい。俺は汚い気持ちのまま、あのばあさんを送り出す」
 将は、将だから。
 吉央は目を閉じて、海の音に耳を澄ました。

「…ねえ、よっちゃん」
 耳元に奈津美の柔らかい声が届く。
「目を瞑って、目を開けたらなくなるもの、なんでしょう?」
 唐突な問いに目を開いた。
「・・・は?」
 広がるのは、真夜中の海。
 そして隣に座る奈津美。
 肩が触れるほど近く、優しい熱を感じた。
「むかーしね。幼稚園くらいの時によっちゃんが私に出したなぞなぞ。覚えていない?」
 言われてしばらく考えたが思い出せない。
 首を横に振ると、奈津美は嬉しそうに笑った。
「夜」
「・・・え?」
「夜なんだって。よっちゃんが考えたなぞなぞ。かわいいよね」
「・・・そうなんだ」
 見上げると、灰色の雲がぽつんぽつんと浮かんだ星の空。
「夜、か・・・」


「ねえねえ、なっちゃん。ちゃんとあるのに、めぇつぶって、めぇあけたらなくなるもの、なーんだ」
「なんだろう・・・」
「あのね、あのね・・・」
 両手を口に当ててこきざみに足踏みをしながら、吉央は目をきらきらと輝かせる。
 答えを言いたくて、言いたくて仕方ないのが体中からあふれていた。
 小さな体は、いまにもはじけそう。
 だけど、ちょっとじらしてみたい。
 奈津美はゆっくりと問題を復唱する。
「目を瞑って・・・目を開けたらなくなるもの・・・」
 我慢できなくなった吉央は、ぴょんと飛んで空に向かって叫んだ。

「よる!」


              -完-
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