妄想は偉大だ。 

2018, 01. 23 (Tue) 23:54

 こんばんは、今年の冬は寒いですね…。
 4年前の寒波の時、フリージアが全く咲かないうえに、嫁入り道具の一つだったアロエが凍死してしまったのを思い出しました。
 今年のフリージアはどうかなあ。
 実は今回球根を植えた四鉢あるうちの古株のふた鉢の生育具合がいまいちで、ドキドキしています。
 掘り出し方が悪かったというか、遅すぎたんだろうな…。
 ごめんなさい、生育の悪い子たち。
 
 さてさて、ひさびさに表のほうを更新しましたのでお知らせします。

 『ゆきってなに?』 (← クリックしていただくと、記事へ飛びます)

 雪を見たことのないリスとハリネズミとクマの妄想物語。
 どんなだろうね?と話しているうちにどんどん妄想が膨らんで…という、実に人間臭い話(笑)。
 そうだなあ。
 自然現象で言えば、私もオーロラを見たことがないので、それについてはいろいろ想像を膨らませていますね。
 ダイヤモンドダストも見たことない。
 それは、九州は湯布院などへ行けば(ただし、町ではなく山の手です)見られるらしいのですが、足がない。
 どんなだろうね、と妄想するのみです。
 まあ画像は簡単に手に入る時代ですが、じかに見るのと違うでしょうし。

 ところで、このお知らせをうっかりネットにあげるのを忘れているうちに、訃報が入りました。
 『ゲド戦記』のル・グウィンさんのご逝去。
 私は牛のような読書をするもので。
 気に入った本は何度でも何度でも読み返すのです。
 その中のシリーズがゲド戦記でした。
 失われていく世界、そして人の心についてほかのファンタジーとはちょっと違う視点で描かれていたのが心に残りました。
 実は、初期に出た三作に入れ込みすぎて、後で出た二作はなかなか消化できませんでしたが…。
 中年になったゲドたちに心が追い付かなくて(笑)。
 ファンタジーの良いところは、すべてを構築できて、作家自身がその世界の神になれることかな・・・。
 社会制度も伝統も、国も人も、思い通りに描けて、いつの時代に読んでも古さを感じさせない強みがあります。
 例えば、昭和のころのラブソングで恋人と話がしたくて電話ボックスに並ぶくだりがあるのですが、平成生まれの人たちには家に一台しかない固定電話とか、テレホンカードを握って並ぶ人たちとか・・・。
 想像つかないでしょう。
 ああ、ある意味ファンタジーなのか。
 昭和の子供たちの遊びについて描かれている本とか、お母さんが子供だったころについて説明されている本とか開いてみるたび、もうそれは今の子にとって祖母や曾祖母の時代になっている・・・と、持つ手が震えます…。
 話がそれましたが。
 現代と行き来するタイプでないなら、時を超えて末永く読んでもらえるかもしれないと、最近は思います。
 あと、そういう意味では時代小説も同じかな。
 杉本苑子さん、永井路子さんなど、いまだに私の本棚を独占しています。
 そして、繰り返し読ませてしまう筆力の恐ろしさよ…。
 ただ、ファンタジー好き、または時代小説好きでないと手に取ってもらえないのが悩ましいところですね。
 設定を頭に叩き込まないと話が分からない部分もあるので。
 こうなると現代ではない世界を描いた話が好きな人は、妄想好きが多いに違いないと思うのです。
 たとえば、私のような(笑)。
 三度の食事よりも妄想が好き。
 ありもしない世界や存在しない人々のことを延々と考え続ける…。
 それはけっして現実逃避ではなく、呼吸するのと同じくらい普通のこと。
 そんな人間になってしまったのは、ひとえに、私の手に飛び込んできたファンタジーたちのせいなのです。
 
 楽しい時間をありがとうございました。
 これからもあなたの残した世界で遊ばせてください。
 そう、彼女に言いたいです。
 アーシュラ・K・ル・グィン。
 どうか安らかに。

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  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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