『心の月。』-4-(『よる。』シリーズ) 

2017, 05. 30 (Tue) 23:46

 私は二十代後半になるまで食が細かったので、食べることにあまり興味がなかったのですが、母の作ってくれた食べ物の記憶が意外と残っています。
 その一つがドーナツ。
 オーソドックスな型抜きドーナツももちろん作ってくれたけれど、ホットケーキミックスで作った方が簡単で好きでした。
 サーターアンダギーを食べるたびに、なぜかそのドーナツが懐かしくなります。
 だがしかし、料理教室に通ってまで会得した数々を差し置いて、それを言ったら母が激怒しそうだ…。
 なので、ここでこっそりテーマに盛り込みました。


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 深刻な話は次回に持ち越しで。
 又従姉弟の会話を楽しんでいただけたら幸いです。
 私の予想を裏切りまたもや長くなりつつある『心の月』。
 お付き合いくださいませ。


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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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 『心の月。』-4-


「私たち、ずっと大野の家に甘えっぱなしだった。特にたっちゃんの負担は、謝りようがないくらい大きかったと思う。本当にごめんなさい」
 将は、あの夜から生活を変えた。
 それまで国体選手だった母のひばりと同じく空手漬けだった毎日を道場での短時間の鍛練程度に控え、県外に出るような大会出場をやめてしまった。
 そして、出来る限りの時間を吉央に合わせ、寄り添い続けた。
 大野家の人々は将の決めたことに表立って口を挟まなかったけれど、母譲りの才能を埋もれさせるには惜しいと、内心思っていたに違いない。
「負担だなんて、なっちゃん大げさだな」
「大げさじゃない。だって、たっちゃんは空手あんなに頑張っていたのに」

 悔いても悔いても、悔やみきれない。
 でも、何も考えられなかった。
 あの家の暗がりが、怖くて。
 じっとしていたら、取り込まれて、押しつぶされそうだった。
 だから、逃げ出してしまった。
 自分ひとり、明るいほうへ。

「・・・あのさあ。なっちゃん」
 あくまでも、将の声色は変わらない。
「うん」
 視線を上げると、ちょっと上目遣いの将の顔があった。
 こういう表情をするときは、頼みごとがある時だ。
 それも、ちいさな、ちいさな、可愛らしい要求。
「こんな時なんだけど。頼んだもの、作ってきてくれた?」
「頼んだもの・・・」
「うん。メールでお願いしていた件」
「・・・あ、あああ、ありますあります。持ってきました!」
 我に返った奈津美は椅子にまとめていた荷物に飛びついた。
「そんなに慌てなくても」
「いやいや、そもそも、このためにたっちゃんわざわざ品川まで来たのよね!」
「いや、まあ、そうともいうけど・・・」
 奈津美に会いたかったのもあるんだけどな、と、将は心の中で笑う。
「はい、これね。どうぞご確認ください」
 少し重みのある紙袋をテーブルの空いたスペースに載せた。
「うん、ありがとう」
 空になったデザートの皿を脇へ移動させ、自分の前に紙袋を寄せて中をのぞく。
「うん、これこれ」
 ものすごく嬉しそうな笑みに、問いかけた。
「それでいいの?しかもホットケーキミックスで作っただけなんだけど」
 袋の中にみっしり詰まっているのは、グラニュー糖をまとったまん丸なドーナツたち。
「うん。これを、吉央が食べたがっていたんだ」
「よっちゃんが?」
 弟の吉央とはいつの頃からか小さな溝ができていて、彼の本音が見えなくなっていた。
「・・・ああ。あいつは口に出しては言わないよ。この間つぐみが里帰りしてきて、お土産がサーターアンダギーだったんだよ。でも、なっちゃんがおやつにドーナツをよく揚げてくれたよね、あっちの方がおいしかったなって話になった時、すごく食べたそうな目をしてた」
 吉央は、将と二人きりでも口数は少ないという。
 小さな頭の中で、ずっと一人で考えて、言葉に出てくるのはほんのわずか。
 だから、将は吉央の些細な表情も見逃さなくなった。
「えええ?それで、わざわざメールしてきたの?」
「うん。俺らはホットケーキミックスでも揚げ物はハードル高いし、なっちゃんが作ったから美味しかったんだよ」
「そうかなあ」
 本間の家ではドーナツを揚げたことはない。
 祖母が安い菓子の匂いを嫌ったからだ。
 敷地続きの大野の家の台所で、三つ下のつぐみとこっそり作り始めたのはいつのことだったか。
「そうだよ。なっちゃんが部活とか習い事の合間を縫って作ってくれるお菓子、大好きだった。もちろん良子さんのも好きだったけど、洗練されていて子供の俺たちには大人のお菓子過ぎて。目の前でさくっと作ってくれるのを見ているのが楽しかった」
 ホットケーキミックスを混ぜて、スプーンですくって高温の油の中に落とす。
 しばらくすると、ぷくりと丸く膨らんで浮かび上がり、甘いバニラの匂いを放ちながらキツネ色に焼きあがってく。
 皿いっぱいに積みあがったドーナツボールに、グラニュー糖があれば振りかけて、なければそのままに。
タネにゴマを混ぜたり仕上げにきなこを振りかけてみたりと、どんどん種類が増えていった。
 たいてい、将と吉央はまちきれずに揚げたてにこっそり手を伸ばしてはつぐみに叱られて、しまいには小さな姉弟喧嘩が勃発するけれど、食べるときにはすっかり仲直りするのがお約束で。
 楽しい、楽しい時間で、それこそがご馳走だった。





                 -つづく-


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