『みなづき。-後編-』(『よる』シリーズ) 

2017, 04. 18 (Tue) 18:13

 先週の木曜日まで、体調的にも私的にも絶好調・・・だったはずなのですが、金曜日の朝、左の頬骨の下が強烈に脈打つ感じに痛くなりまして・・・。
 これはあれだな、副鼻腔とかいって、鼻水生成する場所だな…と思ったものの、原因の心当たりが色々ありすぎて対処が遅れました。
 おかげで土曜日には滅多に会えない友人との逢瀬を泣く泣くキャンセル。
 しかもフレンチ予約してくれていたことも後で知って、己のポンコツぶりを恨みまくりましたとも…。
 日曜日は仕事場でだんだん悪化させて、途中から咳き込んだりする羽目になり、風邪なのか花粉症なのかしかしどっちも嫌だとこころのなかでじたばたしておりました。
 結局、夫に葛根湯を勧められてしぶしぶ服用してみると、効果てきめんだったのには驚いた…。
 侮れないな、エキス増量タイプよ!!
 さらに言うならば、薬の切れる頃になるとあからさまに症状がきっちり元の状態に戻るのにはもっと驚いた。
 結局、症状はフォークダンスを踊っているかのように行ったり来たりで今に至り、大人しく横になっているのに飽きた、いや、いい加減文章を書きたくなってようやく続きに挑みました。

 本当はですね。
 水無月ってお菓子と、本間継母と、美味しいところ持っていくのが大好きな清水医師の話をかるーく書くつもりでしたが、例によって長いわ重いわで。
 大概湿っぽいですが、まあ、それが私の根っこの部分なのでしょう・・・ね。
 本間家で必要悪的存在の国男の話は、近々お届けできる・・・かな。
 最初の予定から大幅に外れた国男と良子の未来。
 書いているうちに変わったというか、予定になかった清水医師と本家の人が『よるがすぎて、あさがくる。』に登場した瞬間にピースが埋まってしまったというか。
 行き当たりばったりなのがバレバレですが、そもそも、吉央たちも今春のJ庭前に何を出そうと頭を抱えていなかったら生まれてなくて(笑)。
 せっかく出てきたのでおいしくいただきます。
 ここを読んでくださるみなさんも、皿まで喰らってくださいませ。

 ちょっとは楽しんでいただけるといいなと、祈りつつ。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
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『水無月-後編-』



「ああなるほど、水無月。明日が夏越祓でしたっけ」
 清水医師は興味深そうに、漆の皿にのせた菓子を両手に捧げ持ち、じっと眺めた。
 あまりにもしげしげと見つめるので、恥ずかしさにいてもたってもいられなくなる。
「あの・・・」
「ああ、はい。すみません、水無月を見るのは久しぶりなのでついつい目で楽しんでしまいました。頂きます」
 彼は黒文字でひとかけ切り分けると嬉し気に口に入れ、咀嚼してすぐに何度もうなずいた。
「うん、優しい味ですね」
 ますます、身の置き所がなくなる。
「我流なので、義母のように洗練された味には到底なれませんが・・・」
 義母の料理の腕前はたいそう素晴らしく、店を出せると誰もが言い出すほどだった。
「もしかして、こちらは奈津美さんか吉央君のお好みですか?」
「はい。ご明察で・・・」
「だから、良いんですよ。ほんとうに、ほっとする味だ」
 清水医師の言葉は、いつでも柔らかくて暖かい。
 だからこそ吉央は、父親によって突然突き落とされた暗い穴から這い出して生きることができたのだろう。
「ありがとうございます」
 感謝の言葉をどんなに言っても、足りない位だと解ってはいるけれど。
「子供たちのことも、そして義母のことも、今まで本当にお世話になりました」
 頭を下げると、なぜか彼は慌てた様子になった。
「あ、ちょっと・・・。ちょっと待って、良子さん」
 つい、テーブルをはさんで正面から彼の顔を覗き込んでしまう。
「ええとね。故人にも大変申し訳ないんだけどね・・・。お供えは口実と言うか、きっかけというか・・・」
「・・・はい?」
 彼は、ハンカチで手のひらを拭って居住まいをただした後、口を開いた。
「あのですね。一周忌も無事に終えたことだし・・・」
「はい」
「僕と、結婚してくれませんか?」
「・・・・は?」
「あの、つまりはですね。あなたと奈津美さんと吉央君と三人とも僕の家族になってほしいのですが」
「・・・あの。私は一応、既婚者ですけど・・・」
「あ、はい、わかっています。解っているのですが・・・」
 彼は、この家の事情を知りすぎている。
 もう、どこにも隠すものなんて、ない。
「・・・そうですよね」
 自嘲気味に笑ってしまった。
「いや、その。だから、国男君ときっぱり別れて、僕のお嫁さんになって欲しい・・・んですが、すみません、僕もどう言ったもんだか・・・」
 清水医師はハンカチを握りしめた手を開いたり閉じたりしている。
 ここにきて初めて、彼がかなり緊張していることに気付いた。
「むちゃくちゃですよね、やっぱり」
「・・・ええ、まあ、そうですね・・・」
 数年前の夏の真夜中、泥酔した夫が息子に暴行し、同時に真の目的は娘だったことも明るみに出た。しかし義母の擁護もあって、彼は全く反省しなかった。もとより、気の向いた時しか子供たちと接していなかっただけに、親という感覚がなかったのかもしれない。
 それ以来親子の関係は断絶したままで、それが気に食わない彼の子供じみた嫌がらせが始まった。
 最初は、ほんの些細なこと。
 それがだんだんと酷くなり、義母が存命の間はなんとか対面を保ってきたが、とうとう今年に入って単身赴任となったのを機に、給与口座を変更して家計費を止めてしまった。
 高校生の息子は学費がこれからもかかる。つまりは養育義務を放棄したということなのだろう。
 傍から見たら家庭としてはとっくに崩壊している。
 けれど、まだ離婚には至っていない。
 彼が離籍しない理由は、あの夜のことを取り繕うため。関係者は口をつぐんでいるものの、近隣の住民はあの騒ぎに薄々感づいている。隠し通すことが子供たちの将来のために必要なことと、最初は思い、己に言い聞かせていた。だけど、それは本当なのかとも毎日心の中で問い続けてきた。
 そんな状況にもかかわらず、こちらから別れを切り出す勇気はなかった。すべては、私に確たる収入がないせいだ。小さな習い事教室の稼ぎなんて、たかが知れている。
「言葉が悪いのは重々承知で言わせてください。僕に、乗り換えてくれませんか、良子さん」
「・・・乗り換える?」
 つい笑おうとしたけれど、彼の眼があまりにも真剣で、口元を抑えた。
「はい。あの、もう十年近く前なんですが・・・。僕の、当時の妻が駆け落ちしまして」
「はい?」
「習い事のフラメンコに熱心だなあと感心していたら、ある日いきなり住宅ローン以外の全てを手土産にスペインに高跳びされてしまいましてね」
「・・・それは、また・・・」
「ええ。数か月前に彼女の希望で購入した高級マンションの名義だけは僕だったので・・・。それだけ残って、ある日、連続勤務でへとへとの状態で帰宅したら、預貯金を始めとした金目の物はごっそりなくなっていました。ご丁寧に僕の蔵書や家具まで売り飛ばされていて、カーテンすらない部屋になってました。いやあ、床にへたり込みましたよ」
「え・・・?」
「あ、そこ、笑う所です」
 あはははーと、自ら笑いながら、清水医師は頭をかいた。
「まあ、一部は彼女の実家が謝罪として提供してくれたり、うちの家族がなんとか動いてくれたりはしてくれてローンはなんとかなったのですが、さすがに精神的打撃が大きかったのと、ほぼほぼゼロからの出発になってしまったので、実家に帰って医院を手伝うことになったのですよ」
 清水医院の家族は仲が良いことで、近所には評判だ。
 兄弟のみならず姻戚や子供たちまで経営に参加し、盛り立てている。
「こんな面白い話、地元にはあっという間に知れ渡ってかなり格好のネタにされましたが、良子さんのことだからご存じなかったでしょう?」
「あ、はい・・・。存じませんでした・・・。離婚されてこちらに戻られたとしか」
「で、ここからがこれからの話です。一昨年はじめに彼女が裕福な男性と再婚しまして、それがまた良識のある男性と言うか、太っ腹というか・・・」
「はい」
「持ち逃げした預貯金プラス売り飛ばしたもろもろに慰謝料を合わせて、僕に返してくれました。まあ、法律や税金の問題と手続その他もろもろでまとめて日本の口座に入れるというわけにはいきませんが」
「はあ・・・」
「で。こうなると、吉央君がこれからどんな大学へ進学したとしても、例えば在学中に両額したいと思ったとしても、僕のお金で賄うことができるなと思ったんです。そして、更に都合のよいことに、ここのところ国男君が家計費を止めてしまったとひばりさんが教えてくれた」
「え・・・?ちょっと、それは・・・」
 隣家の大野ひばりは夫の従妹だ。
 そして、七年前から吉央を預かってくれている以上、隠せないことではある。
 だけど・・・。
「ひばりさんを怒らないでください。実は、結構前からひばりさんに相談していたんです。僕は、良子さんと一緒に暮らしたいと」
 そんなことが二人の間で交わされていたなんて、知らなかった。
「僕は、あなたが本間の家に見切りをつけるときを待っていました。そして、お姑さんには悪いけれど、彼女が亡くなったことで足かせがなくなったと、心の中で、ちょっと・・・、喜んでいました。あなたを、ずっと支配していましたから」
 義母は茶道の姉弟子にあたる人で、嫁になって入るまでは尊敬する先輩の一人だった。
 茶道や書道、あらゆる日本文化に精通していて、着物を粋に着こなし、美しい面差しをしていた。こういう大人に、こんな年の取り方をしたいと思っていた。
 だけど、それは家の中に入るまでのこと。
「わたし・・・わたしは・・・」
 頭の中が、まるで急な嵐に襲われたようにぐるぐる回る。
「お姑さんもね。我慢強くて、品のあるあなたを好きだったのだと思います。彼女の自慢はもちろん国男君のことばかりで、その次が吉央君だった。でもね。時々、良子さんのことも自慢していたんですよ。ご存じなかったでしょう?」
「・・・知りませんでした」
「夏越の、みなづき。あなたの水無月を頂いたのはこれが初めてじゃないんです」
「・・・え?」
「前にね。お姑さんに呼び出されたことがあったんですよ。吉央君のことでどうしても納得がいかなくて、良子さんが外出されている間に」
 あいにく嫁の作ったものしかありませんが宜しければどうぞ、と供された水無月。
「あまりにも武骨でしょう、彼女は笑ってました。でも、子供たちはこちらの方が好きみたいでって、ちょっと・・・、いや、かなり悔しそうでしたよ」
 義母は、あの子たちを愛していたのだろうか。
 息子の邪魔をするのは、何があっても許さないと、何度も何度も言いはなち、時には辛く当たっていたけれど。
「僕はあの時、良子さんの水無月を物凄く美味しいなあと思った。小さな小豆のなかにほんのりとした甘みが詰まっているし、半透明の外郎が口の中で凄く優しく溶けるのがたまらなかった。こんな料理を毎日食べられる本間家と大野家の皆さんが心底羨ましかった」
 吉央と奈津美が大野家の預かりになって以来、両家の食事は出来るだけ自分が作った。
 そうでもしないと、子供たちとの絆が断ち切られそうで怖かったからだ。
「誤解しないでくださいね。僕は家事の一切を良子さんに丸投げしたいわけじゃないです。独り暮らしが長かったから、僕にもある程度は出来ます。ただ、一緒にご飯を食べて、一緒に片付けて、おやすみなさい、おはようって言いあえる毎日を良子さんとこれから過ごしたい」
 おはようも、おやすみなさいも。
 今の自分には遠い。
 がらんどうの家に独りきりで。
 そして、夫であったはずの国男とは軽い挨拶の一つすら交わした覚えがない。
「ぼくと、結婚して下さい」
 考えたら、プロポーズの言葉なんて、なかった。
 母親に置き去りにされた奈津美のための、そして嫁ぎ遅れた私の身の振り方の、利害が一致しただけの縁談。
「はいって、言ってください」
 心と、頭の中で、風がごうごうと吹きすさぶ。
「良子さん」
 優しい声。
 かすかに、甘ささえ含む、暖かい声。
 こんなことが、あっていいのだろうか。
 今になって、私なんかに。
「私は・・・」
 声が震えて、のどに詰まってしまった。
 息が苦しい。
 このまま、小さく、小さくなって消えてしまいたい。
「泰山木の花が・・・」
 ふいに、清水医師が庭へ視線を転じた。
「よい香りですね。さすがは、吉央君の木」
「・・・そんなことまで、義母は・・・」
「はい。ご自慢の木でもありますからね」
 タイサンボク。
 夏に大きな白い花をつける木。
 思いがけない男児の誕生を喜んだ義母が、記念にと大野家との境に植えたものだった。
 植えたままにしておくととてつもなく大きくなることを後になって知り、こまめに選定をするよう気をつけねばならなくなった。
 意外と手がかかるけれど、その分、この季節に咲く花の美しさと香りは格別だ。
「僕が子どものころ、母の実家の近くの公園にこの木があって。花びらを手にした時感動しましたよ。ほんとうに大きくて、綺麗で、素敵な香りがして」
「ええ・・・。私はこの家に嫁いでからこの木を知りましたが・・・。赤ん坊の頭ほどの大きさの花なんて、初めて見ました」
 初めてあの木が蕾を付けて花開いた時、本当に驚いた。
 そんな自分に、あなたは本当に世間知らずねえと義母が笑った。
 だけど、それは新たな扉を開いてくれただけのこと。
 人に何かを教えるのが好きな人だったのだと、今は思う。
 そう考えられるようになるだけの時間を、この一年過ごした。
「あれは大きな杯の木って言うんだよって祖母に教えられまして。いつかお酒が飲めるようになったらこの花びらで飲もうねって言われたけれど、それは叶わなかったなあ」
 同じ花を眺めて、それぞれの亡き人を偲ぶ。
 そんな時の過ごし方は、初めてだ。
「ねえ、良子さん」
「はい」
 陽の光を一身に浴びて、空に向かって次々と枝を伸ばし続ける、貪欲な木。
 天に届いたら、故人に思いを伝えてくれるだろうか。
 至らないままの私を、許してくださいと
「僕のこと、嫌いじゃないですよね?」
「はい」
「むしろ、好きですよね?」
「・・・はい」
 晴れ晴れと、目の前の男性が笑った。
「じゃあ、一緒に暮らしましょう」
 眩しすぎて、思わず目を閉じてしまいたくなるほどの、明るい笑み。
「・・・」
 どうして、この人は。
「良子さん?」
 窓から風が滑り込んできて。
 あの香りが、また私たちを包み込む。
「・・・はい」

 もしも、許されるならば。
 もしも、あなたが・・・。
 ・・・お義母さん。

「ところで、良子さん」
「はい」
 途端に、彼の顔に見たことのない表情が浮かんだ。
「水無月、もうちょっと頂いてもいいですか?」
「・・・はい。喜んで」
 台所へ向かおうとして、ふと思いついた。
「清水さん」
「はい」
「さくらんぼ、一緒に召しあがりませんか?」
「もちろん、喜んで」
 光が、部屋の中に満ちていく。


 夏の初めの、草木の命を含んだ、かすかに甘い風。
 手のひらに沿う大きな白い花弁。
 そして、優しい笑み。
 もしも、許されるなら。


   -おわり-

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