『秘密の花園』-月の草-5- 

2016, 10. 09 (Sun) 00:42

 もう、ここまで来たら執念と言うか・・・。
 5話をupします。
 仕事と家庭のゴタゴタ(嫁的な仕事です)がダブルで来ていて、こういうことをしている場合じゃないのですが、一気に片付けたい気持ちが勝ちました。
 修正は先日ある程度かけたので、た、多分大丈夫。
 次回で『月の草』は終幕です。
 しかし、始まりのための終わりです。
 彼らの話は、まだしばらく続きますので、お付き合いくださいね。
 本当は出るはずだったもう一人登場人物は展開と文字数を考えて眠らせていますが、次回には引っ張り出します。
 それと、「ジュール」もいずれは。
 


真神家相関図12

 ちなみに、「松永加奈子」は『六月の花嫁』と、『佳客の宴』と、『冬の薔薇』に出ています。
 興味を持たれた方は、ぜひご覧くださいね。
 ではでは、とんでもないところでぶった切った5話。
 楽しんでいただけたら嬉しいです。



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  現在は、『睦み月』で『シゲルとミケ』シリーズです。
  飲んだくれ猟師と化け猫の話。
  楽しんで頂けたら幸いです。

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  『秘密の花園』―月草― -5-



「紫陽花か・・・」
 植え込みの中に花弁の鞠を見つけて、つい、その名を口にした。
 桜と同様、紫陽花は開花の時期になると途端にその存在を主張し始める。
 ここに、我ありと。
 そして、夏の盛りに向けて気候がいっきに変わっていくぞと人間に教えてくれる。
「ここは、紫陽花好きが設計したのかな」
 ひと一人が通れるほどの小さな小道沿いに、古来のものから改良種まで彩や形もさまざまな紫陽花が植えられていることに気付く。
 見るからに高級なこの大型マンションのコンセプトは緑との調和だったようで、敷地内で四季のしつらえを楽しめるように様々な植木が施され、おそらく、憲二はそれが気に入ってここに居を構えたのだろう。
 憲二は、花の名前を憶えない。
 だけど、とても愛している。
 彼の所有する財産をもってすれば、都会的なタワーマンションの高層階やホテルのスィートで暮らすのは容易いはずだし、おそらくその方がライフスタイルにもあっている。しかし、緑の多い場所をわざわざ選んだ。
 無意識のうちの選択だろうが、重要なことだ。
 持たされた合鍵でエントランスを通過し玄関に設置された呼び鈴を押したら、しばらく待たされたのち扉がゆっくり開く。
「・・・鍵があるんだから、勝手に入ればいいのに」
 むっつりと、なぜか不満げな声で出迎えられた。
「そういうわけには」
「なんだよ、それは俺に対する当てつけか?」
 いつも憲二は、時間も都合もお構いなしに、気が向いた時に声をかけてくる。
 それは、昔から変わらない。
「おれの家はいいけど、憲のところはね・・・」
 兄には人を惹きつける魅力がある。
 誰もが時間を共にしたいと願うし、興味を持てばたまに応えることがある。
 彼をとりまくすべては、彼だけのものだ。
 誰も邪魔することはできない。
「どういう意味だよ、それ・・・っ」
 苦笑すると、それを見とがめた憲が珍しく突っかかってくる。
「どうした、憲。何かあったか?」
 顔を覗き込んだ瞬間、お互いの視線が強く絡み合い逸らすことができず、ふいに何もかも止まったような錯覚に陥った。
 飴色の瞳が、今日はいつもより黄金に近い。
 強い光に吸い込まれそうになりながら、なけなしの力を振り絞って抗う。
「・・・無花果を持ってきた。昨日、本宅の様子を見に行ってね。温室で育ててたのが、意外とうまくできたようで、けっこう甘いんだこれが」
 まくしたてて顔の前に荷物を掲げてみせると、まるで魔法からとけたかのように憲二も目を瞬いた。
「ああ・・・。そうか」
 ぽつりと言い置くと背を向けて、リビングへと戻っていく。
 どこかぼんやりとした様子でラグの上に座り、ローテーブルに肘をついて考え事をしている兄の邪魔にならないように台所に入り、カウンターで無花果の皮をむいてガラスの器に盛る。
 憲二は昔から面倒くさがりで、果物も皮をむいてやらないと食べようとしない。
 それは、無花果にしても同じこと。
「はい。とりあえず味見してみて」
 一口大に刻んだ一切れをフォークに刺して渡そうとしたら、うわの空の風なのにひな鳥のようにぽかりと口を開いて見せたので、唇の中に入れてみた。
「ん」
 ゆっくりと、咀嚼して、こくりと飲み込んだ。
 そして、また、ぽかりと口を開くので、また一切れ含ませ、咀嚼してまた・・・と、それは器が空になるまで続いた。
らしくない、と思った。
 研究のことを考えている時も意識が飛んでいることはあるが、これは全く違う。
 そろそろ、何があったか尋ねるべきだろうかと、フォークを器に戻しながら考えていると、少しかすれたような声が聞こえてきた。
「ニューヨークで、松永可南子に会った」
「ああ。元気だった?」
「そりゃあもう、日本にないような真っ青なドレス来て、キラキラしてて・・・」
「うん」
「おなかの子も順調って自慢していた」
「そうか。それは良かった」
「よかったって、お前、この間まで付き合っていたじゃないか」
「う・・・ん。だけど、それは去年のことだし」
 年末に忙しくて会えない間、元同僚で先輩だった松永可南子は急患で運ばれたバレエダンサーと恋に落ち、年が明けたら辞表を出してあっという間に渡米した。
 二年ほど付き合っていたけれど、恋人なのかというと、お互いに疑問の残る関係だったと思う。
 『大人』を意識した、静かな関係。
 そうさせたのは、自分だ。
「彼女が幸せなら、これ以上嬉しいことはない」
「じゃあさ、大谷星羅はどうなんだよ」
「・・・え?」
 その名前が出てきたことに驚いた。
「・・・なぜ?」
「なぜって?もうすぐ婚約するのに、俺が知らないほうがどうかしてる」
「いや、まだ本決まりってわけじゃないし・・・」
「松永の耳にはもう届いていたぞ。あの女からご丁寧に教えてもらった俺の立場って、何?,」
「ごめん。でも、彼女が承諾するかはまだ、本当にわからないんだ」
「なんで、その女に決定権があるんだ?おかしいだろう、そんな話」
「うん。そうかもしれない。だけど、俺は真神本家から離籍しているし、ただの勤務医だ。それなのに大谷家の長女を頂くとなると、簡単にはいかないよ」
 勝巳たちの生母である芳恵は、夫の総一郎から長年冷遇されあらゆる意味での暴力を受け続けた。息子の愚行を見かねた姑の桐谷絹が死の直前に芳恵を説得し、母子四人を本家から除籍、真神姓のまま独立戸籍を作らせていた。
「なんで。すごいバカだって聞いたぞ。男癖も悪いし・・・」
「それは、悪い噂ほど広まるのが早いからなあ。彼女は良い子だよ。ただ、ちょっと運がないだけだ」


 だから、それを馬鹿だというんだ。
 言いかけて、憲二はあわてて飲み込んだ。
 頭の中を、露草色のドレスを身にまとった女の声がこだまする。

『手のかかる人ほど放っておけないのは、あの人の悪い癖ね』

 松永可南子は、勝巳を嫌いになったわけでも、飽きたわけでもない。
 恋に落ちたといって大きなおなかを大事そうに抱えながらも、気になるからこそ行く末に神経をとがらせる。思わせぶりなまなざしと言葉の端々に、勝巳への強い想いが垣間見えた。

「お前さあ。本気であれと結婚するつもり?」
 大谷星羅。ゼネコンと密接な関係があるせいで富裕家の一つと数えられる大谷家の長女だが言動はエキセントリックで、色恋沙汰をはじめとしたゴシップで海外にまで知られているらしい。数人いる弟妹達は至って堅実なところを見ると、異色の存在で、大谷家としては厄介ばらいをしたくて嫁ぎ先を探していた。
 そんななか、政財界で巡っていた縁談話が真神勝巳にまでたどり着き、見合いで彼を気に入ったらしい星羅は、もうすでに昼夜を問わずに呼び出して甘え始めていることは、わざわざ調べるまでもなく人の口に上っていた。たまたま、自分の耳に入らなかっただけだ。
「あれって、ひどいな。でも、・・・うん。するよ」
 軽く笑って、それでも勝巳は肯定した。
 契約結婚だろう、それ。
 大谷家の弟妹達の縁談がまとまるまでの仮の関係だって、真神本家の財政を立て直すためだって、言えよ。

『自分しか愛せない女なら、なおさら勝己が欲しくなるでしょうね。真神よりも愛してと泣き叫んだ時、勝己はどうするつもりなのかしら?』

 松永可南子は悪魔のような女だ。
 自分の耳の中に毒を流し込んだ。
 最初は、ほんの少しの世間話。
 それがやがて全身を巡り、自分を訳の分からない感情と衝動を巻き起こさせる。
 彼女は、愛してと叫ばなかった。
 年上として物分かりの良いふりをして、プライドを選んだ。
 だから、綺麗に別れることができた。
 なら、次の女はどうだ。
 混乱のまま、思わぬ言葉が口をついて出た。
「なあ、おまえ。あいつら相手に、どんなセックスをするわけ?」
 かちりと、頭の中で欠けていたピースがはまった。
「松永も、なんか、未練たらたらだったけど、どんなすごいセックスしたらそうなるわけ?」
「・・・憲!」
 こんな、険しい顔の勝巳は、初めて見た。
 なぜか、心地よさがこみあげてくる。
 心地よさ?
 違う。
 これは、快感だ。
「憲・・・。その手の冗談は勘弁してくれ」
 立ち上がろうとする勝巳の膝を握りこんで、制した。
 ほら、また躱そうとする。
 ほんの少し前のことを思い出して、憲二はちろりと舌なめずりした。
「なあ、さっき。俺たち、目があったよな」
 勝巳の目の色が、さっと変わる。
 あの色。
 玄関で、互いに目が離せなくなった時。
「あの感覚ってさあ・・・」
 息のかかる距離まで顔を寄せ、低く、囁いた。
「ヤりたい時だよな」
 
『・・・罪な人』




                  -つづく。-
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